「実は母は未来を視る能力の持ち主でね」


 他の貴族たちから十分に距離をとったあと、ヴァーリックがおもむろに切り出す。


「未来を視る能力、ですか?」

「そう。けれど、視たい未来が自由に視れるというわけではなく、これから起こる大きな出来事や重要な人物を、ある日突然視てしまう、というものなんだ。たとえば、隣国で起きたクーデターや辺境での大規模水害を母は予知していた」

「え? あの二つの事件を?」


 ヴァーリックがあげた二つの事件についてはオティリエもよく覚えている。

 隣国のクーデターにおいては、あらかじめすべての在留邦人が自国へ引き上げていたことから、人的被害は皆無だった。また、隣国からの輸出に頼っていた作物について、事件の少し前から自国での栽培を強化していたため、国内への影響はそこまで生じなかったのだという。


(あれだけ詳細に隣国の動向を探れたのは、間諜がアインホルン家出身だったからじゃないかって思っていたけれど)


 実際は王妃の未来視によるものだったらしい。


 また、辺境の大水害においては、記録的な豪雨により大河の氾濫が起こったものの、被害水域の住人たちは事前に避難を済ませていたことから、死傷者は一人も出なかった。加えて、水害の直前に堤防を強化していたことから、家屋や田畑への被害は少なかったのだという。