(見えない……なにも)


 まるで身体中の感覚がすべてなくなったかのよう。オティリエの意識が真っ暗な闇の中を彷徨っている。


【消えなさい! さっさと、この世からいなくなって!】

(ああ、そうだわ……私、消えなきゃ。この世から、いなくならなきゃいけないんだわ)


 ……その途端、オティリエにはそれ以外のことがまったく考えられなくなってしまった。イアマの願い――オティリエが消えること――を叶えなければと身体が勝手に動き出す。
 己の喉を両手でグッと締め、段々息が細くなっていく。苦しい……そんな感覚すら今の彼女にはない。


「オティリエ!」


 と、ヴァーリックがオティリエの両手を引き剥がした。けれど、オティリエの瞳は虚空を見つめたまま。ヴァーリックのことを見てはくれない。


「しっかりするんだ、オティリエ!」


 ヴァーリックはそう言ってオティリエの手をギュッと握る。早く魅了の効果を消さなければ――ヴァーリックは自身の能力を注ぎ込む。しかし、能力を使ってなおオティリエの様子は変わらない。むしろ身体は冷たくなり、どんどん衰弱していくようだった。


「オティリエ!」


 ヴァーリックは何度も何度もオティリエの名前を呼びかける。しかし、反応はない。もしかしたらもう手遅れなのではないだろうか? ……そんな不安が頭をよぎる。


【いや、違う。僕の声は絶対にオティリエに届く。絶対、届けてみせる】


 オティリエのことを抱きしめながら、ヴァーリックはそう自分に言い聞かせた。