(一体どういうこと? どうしてお兄様はわたくしに魅了されていないの? しばらく会っていなかったから? だけど手紙にも魅了の能力は込めていたわ。今だって瞳を見つめ続けている。それなのに、一向に効いている感じがしない)


 ありえない。
 イアマに魅了されない人間なんてついこの間までいなかった。この世は自分のためにある――そう信じてこれまで生きてきたのに、最近はいろんなことがうまくいかない。

 近頃では、屋敷の人間たちがイアマの言うことに異を唱えるようになってきた。古参の使用人たちはそうでもないが、入ったばかりの使用人などはイアマに冷たく接してくる。まるでオティリエに対してそうしていたように――いや、彼女に対するよりももっと辛辣だ。

 それもこれも、ヴァーリックに出会って以降。ヴァーリックがイアマに魅了されなかったあの日から、いろんなことがおかしくなっている。


「悪いけど、俺はオティリエをこの家に連れ戻そうとは思わない。あの子は今、ヴァーリック殿下の側で幸せに暮らしているんだ。それに……」

「それに、なによ?」


 問いながらイアマは眉間にシワを寄せる。アルドリッヒはふっと瞳を細めた。


「もうすぐあの子は、おまえのまったく手の届かない存在になるよ」


 彼はそう言い残すと、クルリと踵を返してしまう。


「オティリエがわたくしの手の届かない存在に? ……ありえない。お兄様はいったいなにを言っているの?」


 忌々しげにそうつぶやきながら、イアマはアルドリッヒの背中をじっと見つめるのだった。