「失礼。妃殿下に挨拶をしたいんだ。かわっていただけるかな?」

「ア、アインホルン侯爵! ……どうぞ」


 父親が周りの人間に声をかけるとさざ波のように人がはけて行く。次いで彼らの心の声がオティリエに流れ込んできた。


【出た! アインホルン侯爵。相変わらず嫌な奴】
【まだ俺も挨拶してないのに……だけど目をつけられたらたまったもんじゃないからな】
【おっかない。関わり合わないほうが身のためだ】


 どうやら父親は貴族たちに相当恐れられているらしい。他人に触れるだけで記憶を読みとる能力を持っているから当然といえば当然だが、おそらくはそれだけが理由じゃないだろう。オティリエは父親を恐れているのが自分だけじゃないと知り、ほんの少しだけホッとしてしまった。


「こんばんは、妃殿下」

「まあ、アインホルン侯爵。来てくださったのね」


 そう言って一人の女性が微笑む。二十代にしか見えない若く美しい女性だ。アインホルン家の人間と同じ紫色の瞳が特に印象的で、オティリエは思わず魅入ってしまう。


「そちらの二人があなたの娘?」

「はい。長女のイアマと二女のオティリエです。ふたりとも、殿下にご挨拶を」


 父親にうながされオティリエはゴクリとつばを飲んだ。


(どうしよう。きちんとご挨拶できるかしら?)


 緊張と不安で足がすくむなか、イアマの隣へと歩を進める。


【邪魔よオティリエ。下がっていなさい。わたくしが先にご挨拶するんだから】


 と、イアマの声が聞こえてきてオティリエは慌てて後ずさった。