始業時間開始後、オティリエの仕事が本格的にはじまった。


「まあ、まずは最低限の知識をつけなければどうしようもありません」


 デスクの上に書籍や資料がドン! と積み上げられる。オティリエは瞳を瞬かせつつ「はい……」と相槌を打った。


「我が国の法律や現況、地理、歴史に加え、有力貴族たちの情報を集めました。昨日挨拶をして回った各部署の責任者や主要な文官の名簿もあります。あいにく我々は忙しいので、まずはご自分でそちらを読んでください。わからないことがあれば聞いていただいて構いません。専門的な分野を学ぶ段階になったら、実務にあたっている文官をお呼びします。辞書の使い方はわかりますか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 さて、どれから手を付けよう――オティリエはひとまず一番上に置かれた歴史書を手にとってみる。


(……読み書きができるのは幸運としか言いようがないわね)


 彼女に講師がついていた期間は短い。その間に学んだ内容は実に少なかった。けれどオティリエは実家で捨てられる寸前の新聞を密かに回収し、読み書きの練習をするのに使っていた。むしろそれだけが彼女の退屈な日常を紛らわす唯一の手段だったといっても過言ではない。