時は、1990年頃だった。

その当時のプロ野球は、乱闘事件や判定をめぐるトラブルが多発した。

毎日のように、退場者が続出した試合が多くあった。

私たちアンパイアも、ちょっとのズレも許されない…

…と言うプレッシャーがあった。

監督や選手からのきつい抗議があったので、もっとも頭が痛かった。

あれは、1990年の6月末頃でだった。

埼玉県の野球場で行われた埼玉ユニコーンズ-京成マーリンズの試合だった。

私は、この時球審を務めていた。

試合は7回裏のユニコーンズの攻撃だった。

マーリンズの左投手の投げた球が投球フォームのズレたので。私はボークを宣告した。

ユニコーンズの走者がひとりホームインした。

この時だった。

マーリンズの監督さんがものすごい血相でベンチから飛び出た。

マーリンズの監督さんは、私に対して『あれがボークと言うのはおかしいぞ!!』と抗議した。

私は『ボーク!!』と連呼した。

そしたら、マーリンズの監督さんが右手に作った握りこぶしを私の左腕にガツーンと殴りつけた。

私は、迷わずに『退場!!』と言うた。

すると、マーリンズの監督さんが私を右足でけとばした。

マーリンズの選手たちやコーチたちが監督さんを止めに入った。

監督さんは、私をバトウする言葉で攻撃した。

ものすごく怒り狂った私は、こう言うた。

「退場だ!!退場だと言うたら従え!!オレの言うことが聞こえないのか!?」

監督さんは、私を両手で突き飛ばして倒した。

その結果、マーリンズの監督さんは今シーズン出場停止の処分を受けた。

何やってるのだオレは…

野球にかかわる仕事をしないと言うたのに…

なんでアンパイアになったのだ…

試合を円滑にすすめて行く上では正しいジャッジをくださなきゃならない…

だけど、こうしたササイなもめごとが繰り返して起こるからたまったもんじゃない…

プロ野球の審判は終身雇用ではなく短期雇用である…

低賃金の上にきつい、くるしい…などの6Kである。

仲間たちが、体調不良を理由にやめていく…

中には、若くして亡くなった仲間もいた…

つらい…

こんなことになるのだったら…

フツーの仕事がしたかった…