二人で一斉に視線を向けると、そこには肩で息をする榊原さんが膝に手を当てていた。
「いらっしゃいませ!」
私が笑顔で迎え入れると、榊原さんは顔を上げて私と長田さんを交互に見やった。
「えっ、と、あの、長田さんて……」
「長田は私だけど……?」
榊原さんは目の前の中年女性──長田さんを凝視すると大きくため息を吐いた。私はその様子が本当におかしくて、大笑いしてしまった。
それから店は満員御礼状態になり、榊原さんには仕返しとばかりに甘い目で見つめられて思いっきり口説かれた。
「結婚してほしい」
「……仕事中ですよ」
「仕事中じゃなかったら良いの?」
葉月も長田さんも、他の常連さんも微笑ましいものを見る目をするばかりで助けてはくれない。何ならアシストするように私の好みを教えたりしている。本当に何なの皆んなして!
そんなてんやわんやの快気祝いだったけど、良いこともあった。私の料理目当てのお客さんが増えたのだ。榊原さんはもちろん、同僚の川口さんや陽子さんが来てくれるようになった。
この間は真知子さんという方が旦那さんと一緒に来てくれた。
お祖母ちゃんはこの様子を見て俄然、やる気が出たらしく新メニューの開発に勤しんでいる。若い者にはまだまだ負けんって……私が店を継ぐのはまだもう少し先になりそう。
でも。
「悠宇、いつもの」
「はい、洸平さん、肉じゃが」
この日々をあなたと過ごせるなら、それが一番だ。
〈終〉



