暗闇だから、怖くなかった




 温かいお茶とおしぼりの後に流れるように渡す。

 その人は黙って受け取ると、私の顔をじっと見て口を開いた。


「この店のオススメってなんですか?」


 横に流した黒い前髪が揺れる。マスクをしていて表情が読めない。


「肉じゃがです」

「じゃあそれ一つ」


 彼女はマフラーやコートを脱ぎ始めた。水色のセーターが露わになって、ネイルサロンで整えたのだろう白い爪の装飾がキラキラと輝いた。

 私は肉じゃがを作るためにいったん厨房に引っ込んだ。仕込みのときに切っておいた野菜を取り出して調理していく。

 お客さんの視線を痛いほど感じるが、今は料理に集中しなければ。

 このくらいで集中力を切らしていては店なんて切り盛りできない。お祖母ちゃんの手順は何万回と見てきたし、自分でもやってきたのだから大丈夫だ、うん、大丈夫。

 自分に言い聞かせながら彩り用の絹さやを刻む。