俺は何をしているんだ。
森家を出て自宅までの道すがら、俺は自己嫌悪に陥っていた。
傷心の彼女につけ込むような真似、絶対にすべきじゃなかった。なのに俺は。
──榊原さん、どうしたの?
彼女の驚いた声に心が緩んだ。
──手? 伸ばせば良いの?
その手の温かさに現実だと泣きたくなった。
俺は近くにある電柱に手を当てて、身体を折り曲げて呼吸を整える。犬を散歩させていた男が不審な目を向けてきたが、すぐに視線を逸らした。
本当に何をしているんだ、俺は。
彼女はあの人じゃないのに、暗闇で動揺してあんな暴挙に出るだなんて情けない。
あの人のたおやかな眼差しが目の前に浮かぶ。伏せ気味の長いまつ毛。背中までの艶やかな黒髪。触れれば折れてしまいそうな細身の身体。
──貴方のせいではないのよ。
涼やかで儚い声が、はっきりと耳元で聞こえた。



