シンデレラでもないのに。自分でもそう思うけど、あれは暗闇の中だけでかかる魔法だと感じた自分もいる。
「あの、お世話になりました」
「ええ、その、今日はありがとうございました」
榊原さんは視線をあちこちに飛ばしながら、コートを掴んで玄関まで走ろうとした。そんなことをしたら……。
「あでっ!」
「大丈夫ですか!?」
足の小指をどこかの角にぶつけたらしく、派手に廊下ですっ転んでいた。
私は助け起こそうとした。それを制して榊原さんは自分で立ち上がって深々と頭を下げた。
「さっきは本当に申し訳ありませんでした」
その言葉に固まってしまう。それはどういう意味? あれは申し訳ない、なんて言われるようなことをしたって認識なの?
訊きたいのに私の舌は上顎に張り付いて、立ちすくんだまま彼を見送った。
それから数ヶ月、榊原さんは姿を見せなかった。



