暗闇だから、怖くなかった




「榊原さん、どうしたの?」


 彼は何も言ってくれない。荒い息遣いだけが虚に響いて、こっちまで苦しくなってくる。


「私はここ、動いてないよ」


 安心させたくて、気持ちゆっくりめに伝えると榊原さんの息が若干穏やかなものに変わった。


「手を」

「手? 伸ばせば良いの?」


 返事も聞かずに両手を前に伸ばせば、私の両手を大きくてゴツゴツした手が包み込んだ。

 榊原さんはそのまま動かない。


「あの」


 こんな状況だっていうのに心臓がうるさい。電気は相変わらず復旧しなくて、榊原さんの顔が見えない。

 ……目の前にいるのは、本物の榊原さん……?

 ホラーみたいな妄想が広がる。トイレに行っていた榊原さんはオバケに襲われて、そのオバケが榊原さんになりすまして私の手を握ってる。私がこうして疑った瞬間に襲いかかって──。

 榊原さんの指の力が強くなった。そうだ、こんなことを考えてる時間じゃない。