ゆっくりしていってください、と言おうとしたけど彼にも仕事がある。私もこれからどう店をやりくりするか考えないと。

 そうだ、〈春涛〉を愛してくれているお客さんのためにも、私はここで立ち止まるわけにはいかない。

 決意を新たに食器を台所に運ぶ。さすがに榊原さんがトイレに行っている間に片付けるのは無理なので、水に浸けておくだけにする。

 さて、今度は何を作ろう。

 鼻歌を歌いながら蛇口を捻っていると、突然電気が落ちた。


 冷蔵庫が稼働する低く唸る音は消えた。

 微かに震える手で水を止める。

 深呼吸をして電気が復旧するまで待とうと、シンクに手を置いた瞬間。



「森さん!」



 ドタドタ、ガタガタ。

 物にぶつかる音が断続的に聞こえてくる。


「榊原さん?」

「森さん、動かないで」


 少しだけ震えた声が耳に届いた。まるで途方に暮れた子どものような調子に、私はただうろたえるだけだ。