俺は息を呑んだ。

 あの日の光景がフラッシュバックしそうになる。

 それを止めたのは、他ならない妹だった。


「お兄ちゃん、今のままで後悔しない?」


 妹の射抜くような眼差しを、俺は静かに見返した。リビングではバラエティの笑い声が響いているし、味噌煮の匂いが充満してる。そんな生活感しかない空間で、俺の手足は冷え切っていた。


「行ってくる」

「いってらっしゃい、当たって砕けろ」

「やかましい」


 手厳しいエールを背に俺は閉めたばかりのドアを開けて一歩を踏み出した。寒いが手足の冷えは気にならない。

 駅まで走りながら、脳裏には彼女の横顔がちらついていた。血の気が引いたその顔が、いつかのあの表情と被ってしまう。



──違う、彼女はあの人じゃない。



 自分に言い聞かせながら改札を抜けて電車に飛び乗る。心臓を落ち着かせるように撫でて深呼吸を繰り返すが、嫌な汗は止まらなかった。