私はときめきも忘れてその人の顔を見つめた。側から見ればとんでもない間抜け面だろう。
「どういうことですか……?」
「あのひったくり、顔を擦りむいていたんですよ。貴女の傘に引っかかって転んだときに」
それで、と彼は視線を彷徨わせる。
「仮に、もしも……本当にもしあの男が貴女を訴えると言い出したら……逮捕され起訴される可能性が出てしまうんです」
逮捕? 起訴?
早々お目にかかれない言葉に手のひらから汗が滲む。お祖母ちゃんにも小料理屋にも迷惑はかけられない。
「もちろん、そんな可能性はほぼありません。ですが念のために話を聞かせていただきたいんです」
「その、そうすれば逮捕されたりしないんですか?」
「そうですね。警察から事情聴取を受けるかもしれませんが、それだけで終わりますよ」
別の意味で暴れていた心臓は落ち着きを取り戻して、私は警備員さんに頷いた。
「わかりました。どこで話せば良いですか?」



