暗闇だから、怖くなかった




「ここら辺でもひったくりが出たって聞くし、最近物騒よねぇ」

「この時期はお金を引き出す人が増えますからね」

「空き巣も増えてきてるらしいですよ」


 他愛もない話題に相槌を打ちながら、女性客──悠宇さんの友人で葉月さんというそうだ──が頼んだ鯛茶漬けが運ばれてきた。次に来たら頼もうと思いながら、俺は肉じゃがと茶碗蒸しを注文する。女将さんと悠宇さんが承り、のんびりした空気に包まれる。


「良いお店ですよね、ここ」


 葉月さんの呟くような声に、俺は伸びをしながら微笑んだ。


「ええ、とても」


 俺が続けて、ここの常連なんですか、と問うと湯呑みを置いてホッと短くため息を吐いた。


「私、ここがまだランチタイムやってるときからの常連なんです」

「前はランチタイムもやってたんですか?」

「五年前までは」


 葉月さんは遠くを見る目をした。最低でも五年となるとかなり長い付き合いだ。


「悠宇のお祖父ちゃんが生きてるときは昼もやってたんですけどね」