暗闇だから、怖くなかった




 肉じゃが以外にももう一品を頼もうと決めて、メニューを確認しようとしたときだった。


「お祖母ちゃん、全部クローゼットで良かったよね?」


 今日の昼頃に聞いた声がカウンターに響いた。


「こんばんは、お邪魔してます」

「……いらっしゃいませ!」


 一瞬だけ彼女は目を見開いて、それから顔を全力で綻ばせた。

 女将さんが俺たち二人の様子を見て、おっとりと事情を聞いてきた。ある程度は知っているらしく、恭しく頭を下げられてしまった。


「いえ、むしろ助けてもらったのは俺のほうなんです」


 そう言って彼女に笑いかける。彼女の瞳が潤んで、顔が赤くなった。店の暖房のせいではないと思いたい。


「彼女がひったくりを捕まえてくれて、俺はそれに乗っかっただけなんです」


 彼女は恥ずかしそうに俯いて、顔の前で手を軽く振った。


「大変だったね、悠宇」


 なるほど、彼女の名前は“ゆう”というのか。優しい響きの名前だ。