(元気を取り戻してくださってよかったです)

 ルフェーブル公爵家の者にリシャールを託したシュゼットは、庭師に一輪車を返しにいくメグと別れて宮殿に入った。

 靴の泥は洗ってきたけれど、サロペットの土は落とし切れなかった。
 部屋に着いたら入浴の準備をしてもらわないと――。

「汚いネズミが歩いていると思ったら……王妃殿下ではありませんか」

 通路の先から意地悪な言葉をかけられた。
 ぞろぞろと女性ばかり引き連れてやってきたのは、晩餐会でもないのに夜会ドレスに身を包んだ王太后ミランダだった。

 シュゼットはサロペットのズボンを指でつまみ、片足を下げるカーテシーで挨拶する。

「王太后様、ご機嫌麗しく存じます」
「残念ながら少しも麗しくないわ。何なんです。その汚い格好は?」

 羽根扇を口にかざしたミランダが目配せすると、側近たちはクスクス笑った。

(嫌な空気です)

 大人が好きなだけいたぶっていい獲物を見つけたときに放つ独特な雰囲気は、シュゼットにジュディチェルリ家を思い起こさせた。

 けれど、逃げるわけにもいかない。
 震えそうになるのをぐっとこらえて、シュゼットは視線を下げ続ける。

「お見苦しくて申し訳ございません。リシャール様が宮殿の庭で育てている、薔薇の手入れを手伝ってまいりました」
「あの泥棒猫の子の手伝いねぇ」

 ミランダの声には棘があった。
 機嫌を損なったとシュゼットが気づいたのは、畳んだ扇の先でクイっと顎を上げさせられた後だ。

「泥だらけになって庭仕事をするのが王妃の仕事? 違うでしょう。貴方の役目はお世継ぎを産むことなの。そんなことしてるから、アンドレに放っておかれるのよ。初夜もまだだって言うじゃない」

「なぜ、それをご存じなのですか……」