「感動しました……」

 ダーエの新刊を読み終えたシュゼットは、止めどなくあふれてくる涙をぬぐった。

 王妃への叶わぬ恋のために奮闘する騎士の恋物語は、普段のダーエ作品と違って男性が主人公だったので、楽しめるか不安だった。

 しかし、不安は杞憂に終わった。
 騎士がとても共感しやすい人柄だったからだ。

 好きな人の一挙一動に揺れ動く恋心にシュゼットはいたく共感して、気づけば一睡もせずに読み切っていた。

 今日は夜に大事な予定があるため、午前中の講義はない。
 その時間を使って手紙への返事を書こうと、シュゼットは書き物机に向かっていた。

 いくつか準備された便箋の中から、ビオラの絵がついた落ち着いたデザインのものを選ぶ。

(ビオラの花言葉は『わたしの胸はあなたでいっぱい』です)

 ダーエは小説家といえど男性だから、シュゼットがこの花を選んだ意味には気づいてくれないだろう。
 それでも、シュゼットは彼への返事にこの花を使いたかった。

  ――親愛なるエリック・ダーエ先生
  先日は素敵なお手紙をありがとうございました。
  こちらこそ、いつも通っていた図書館で憧れの先生に出会えて運命を感じました。
  新刊はあまりの面白さに、あっという間に読み終えてしまいました。
  片思いで終わるはずだった騎士の想いが王妃に届くシーンでは、涙があふれだして文章が見えなかったほどです。
  このお話には続きはあるのでしょうか。あるのでしたらぜひ読んでみたいです。
  約束の宮廷録ですが、今、実家の書庫を探させていますので少し待っていてください。
  そういえば、拾われ妃の宮廷日記にも本を探すシーンがありましたね――。

 シュゼットは実家に戻ることができない。
 そのため、ダーエにお願いされた宮廷録探しは、メグと仲が良かったジュディチェルリ家のメイドに頼んである。
 もちろん、シュゼットの名前は出さずに。

(おじいさまの書庫は本が整理されていますから、すぐ見つかると思うのですが……)