カルロッタのような女性を王妃にしてしまえば、この国はめちゃくちゃになるだろう。

 無理だと首を振ったら、アンドレは興味を失って立ち上がった。

「じゃあ、交渉決裂。あきらめて」
「お待ちください、陛下。話はまだ終わっていません」

 ラウルの呼び声は無視された。
 アンドレがいなくなった静かな部屋で、ぐったりと椅子に崩れ落ちる。

「……どいつもこいつも人を馬鹿にして」

 吐き出すように呟く。

 現実から逃げ出す妄想をしようとしたら、ふっとシシィの笑顔が浮かんできた。
 彼女のように素直で表情豊かな女性が妻になっていたら、アンドレも独占したいと思っただろう。

 シシィの笑顔にはふしぎな魅力があった。
 透明感のある優しい声は聴いているだけで胸を震わせ、小鳥のような可憐な顔立ちは一度見たら忘れられない。

 忘れないどころか、今すぐに会いたいとすら思う。

「彼女は、俺の手紙を読んでくれただろうか……」

 切なく騒ぐ胸に手を当てたラウルは、恋をしているような甘いため息をついて、はたと我に返る。

「違う、俺は」

 首を振って淡く色づいた気持ちを振り払い、鍵のついた引き出しを開ける。
 取り出したのは書きかけの原稿用紙だ。

 恋も遊びもせず生真面目に生きてきたラウルには、この衝動を発散する方法を、小説を書く他に知らなかった。

(シシィ、俺は君に恋しているんじゃない)

 やみくもにペンを動かし、話の先を書きなぐる。

(ただ、作者として君を喜ばせたいだけなんだ)

 だから、彼女を想うのは変なことではない――。

 素の顔つきに戻ったラウルは、その日は、バルドが様子を見にやってくるまで、政務そっちのけで執筆活動に打ち込んでしまった。

 国王補佐の仕事で残業になったのは言うまでもない。