ラウルは何か言いかけて首を振り、鋭い視線をメグに向ける。

「君の主は疲れておいでのようだ。気をつけてお部屋までお連れしなさい。王妃殿下――」

 ふわっとベールが揺れたのは、足下にラウルがひざまずいたせいだ。
 ラウルはベールの中をのぞき込もうとはせずに、碧眼が見えなくなるまで目を伏せた。

「貴女の寛大なお心に感謝します。側近たちのご無礼を優しくお許しになったと、王太后殿下に必ずお伝えします」

 うやうやしく頭を下げたラウルは、立ち上がって通路を開けさせた。
 シュゼットが彼の横を通りすぎる刹那、小声で呟かれる。

「国王陛下の訪れがないのは貴女のせいではありません」

(え……?)

 振り向いたときには、ラウルは大聖堂から出てきた宰相の元へ向かっていた。
 彼の声が聞こえていたのか、メグが胸を抑えてメロメロになっている。

「今のラウル様、かっこよかったですね。王妃様!」
「そう……ですね」

 ラウルの声は耳に残った。
 心に染みる低音のなかに一さじの優しさが溶け込んでいて、誠実な人柄が伝わってくるようだった。

(気のせいでなければ、誰かに似ているような気がしました)

 王妃になってから、王妃教育や面会などで関わる人が増えたので、具体的に誰なのか思い出せない。
 あの人でもない、この人でもないと、一人で考えているうちに自室に到着していた。

 悩んだおかげで、先ほど感じた胸の痛みは消えていた。

(ラウル殿に感謝ですね)