――フィルマン王国宮廷録。

 それは、宮廷内で起きたことをつぶさに記録しておく書物のことだ。
 宮殿にはそれ専門の高等文官がいて、毎日の出来事を記している。

 並行して写しも作られ、一年分を一冊に閉じたら公文書館や王立図書館、宮殿内の蔵書室などに納めて永久に保管されるのが決まりだ。

(それなのに、とある年代の宮廷録だけがなくなっている)

 どの施設でも、三十年前から六年の間の記録が抜き取られていた。
 元本も残っておらず、復元すらも不可能というありさまだ。

 紛失に気づいたのはラウルだった。
 次回作は理想の夫婦と讃えられていた前王と王太后をモデルにしたいと考え、資料にするために宮廷録をさかのぼっていたら見つからなかったというわけだ。

 一箇所なら書架の整理の際になくしたと考えられる。
 しかし、どこにもないとなると誰かが処分させた線が濃厚だ。

 ラウルは執筆の手を止めて探し回っていた。

(その六冊には何が書かれていた?)

 当時は、前王と王太后が新婚の頃だ。
 二十七年前にアンドレが生まれたことからも分かる通り、二人は夫婦円満だったと言われている。
 前王の出征の時期も重なるし、その時代に代替わりした貴族も多い。

 犯人になりそうな人間は、この国にごまんといた。
 そして、見つける手立てもほとんどなかった。
 
(それが、個人の家にあるかもしれないとは驚いた)