彼、バルドはラウルと同期で王立騎士団に入った友人である。
 恵まれた体格といかめしい顔立ち、カラスの羽根のように艶やかな黒髪を腰まで伸ばした姿は、百戦錬磨の戦士を思わせる。

 しかし実際は、趣味がお菓子作りという家庭的な好青年だ。
 闘争本能を感じさせないおっとりした性格の彼は騎士団の中でも異質で、物静かなラウルと気が合った。

 年齢はバルドの方が三つも上だが、生まれが平民なこともありラウルに侍従のように仕えてくれている。

「ラウル様が結婚までこぎつけられたのが奇跡だったんですよ。あんな男に嫁がせられて王妃様もかわいそうに……」
「言わないでくれ、バルド。俺も結婚を押し進めたのを後悔しているんだ」

 アンドレとシュゼットの結婚を主導したのはラウルだ。
 難点しかない若い国王を名君にするためには、早く結婚して身を固めさせるのがいいと考えていた。

 嫁をもらえば、あのアンドレといえども自然とまともになるはずだ。

 ラウルは、婚約者との面会から逃げようとするアンドレを捕まえ、結婚式の打ち合わせには必ず顔を出し、精いっぱいの御膳立てをしてきたのだが。

(俺の期待は裏切られた)

 アンドレは、王妃シュゼットとの初夜に、よりにもよって王妃の実の姉カルロッタと関係を持とうとしていた。
 未遂だが、裏切った事実はくつがえらない。

 あの夜、国王の部屋から飛び出てきた王妃シュゼットとぶつかったとき、ラウルはベールの下からこぼれ落ちる涙を目にした。

 結婚早々に夫から裏切られた新妻の悲哀が溶け込んだ、清らかな雫に目が吸い寄せられた。

(悲しい目に合わせてしまった)

 幼い頃からアンドレの婚約者として生きてきたシュゼットは、侯爵令嬢らしい慎ましやかな淑女だ。
 アンドレとの面会のときも絶対にでしゃばらず、ベールの下で静かに微笑んでいた。

 そんな令嬢が、夫と姉の裏切りによって純情な心をざっくりと傷つけられた。
 しばらく寝込んでもおかしくないとラウルは思っていた。

 しかし、予想に反してシュゼットはけなげだった。
 寝室にアンドレの訪れがなくても取り乱さず、王妃としての役目を果たしている。

(強い女性だ。ああいう方を見ると、無性に書きたくなる)