ガサッと茂みを揺らして立ち上がる。
 いきなり現れたシュゼットに門番は顔を上げた。

 見られて緊張するのは、今日は視線から身を守るベールを被っていないからだ。

「誰だ?」
「き、宮殿で働いているお針子です。あなたが縫い物をしているのを遠目で見かけて、気になって来てしまいました。よければお手伝いします」
「そりゃあ助かるよ。おれだとこんな感じでさ」

 門番は人懐っこく笑って、赤い糸がぐちゃぐちゃに絡まった刺繍を見せた。
 どんな図案を元にしているのか分からなくて、シュゼットは首を傾げる。

「これは、何ですか?」
「何って、薔薇だけど?」
「薔薇ですか」

 ぱっと見、赤いダンゴムシにしか見えなかった。
 正直に伝えると門番が傷つきそうなので、シュゼットはぐっと言葉を飲み込んで、赤い刺繍糸を通した針を受け取る。

「情熱的な刺し方ですね。これをいかして立体的な薔薇にしましょう。糸の絡まりを包むように花びらを一枚一枚刺繍していって、花の下に緑の糸で茎を描いて……」

 シュゼットが手早く修正していくと、門番が作った赤い塊もなんとか薔薇に見えるようになった。

 貴族令嬢は刺繍をたしなむものだ。
 技術は母親に習うのが一般的だが、シュゼットは教えてもらえなかった。
 カルロッタがやるべき課題を代わりにやらされていたので、少しできるだけである。

(おさがり品のリメイクで針は日常的に持っていましたし、これくらいなら朝飯前です)