堅牢そうな城壁を見る。
 目の前の脇門はおんぼろだった。亀裂が入った壁は補修されていない。

 正門と裏門には、鎧を着こんで槍を手にした門番が何人も並んでいる。
 しかしここの門番はたった一人。
 槍を壁に立てかけて鉄の鎧を脱ぎ、稽古で太くなった指に細い縫い針を握っている。

(こんなところで針仕事でしょうか……?)

 生垣に隠れながらシュゼットは脇門に近付いていった。
 門番の独り言が聞こえてくる。

「あー? なんでこの糸がここに出てくるんだ?」
『なんでって、あんたが変なところを刺すからじゃない!』

 とげとげしい返事をするのは、握られている縫い針だった。
 聞こえていないことをいいことに、刺繍糸をたぐって途方に暮れる門番に罵詈雑言をぶつけている。

『あんた不器用なのよ! それなのに、どうして恋人への誕生日プレゼントにお手製の刺繍を入れた手袋をあげようと思ったわけ!?』
「無謀だったんかな、おれが刺繍なんて。でも、あの子はそういうの好きなんだよな」

『そういうときのために職人がいるんでしょうが! 馬鹿じゃないの!?』
「でも、店に頼むと高いし……。自分でやって浮いたお金で、誕生日にはいいレストランで食事させてやりたいんだよな。なんとか間に合わせないと」

『ほんっと……この不器用男が!』

 ふしぎなことに会話が成立していた。
 年季の入った裁縫セットを使っているようなので、誰かからの借り物かもしれない。それなら物はよくしゃべってくれる。

 縫い針のおかげで、シュゼットには門番がどうして仕事を放棄して刺繍しているのかよく分かった。

(これは恋人たちの危機です。私には見過ごせません……!)