宮殿の中には歴史ある物がたくさんある。
 みんなおしゃべりでよく話しかけてくるので、シュゼットは小声で応じるようにしていた。
 話し声を無視されたら、きっと物だって傷つくだろうから。

 ジュディチェルリ家で両親に無視された過去を思い出していると、昼食の準備ができたとメグと世話人が迎えにきた。

 シュゼットは教授に挨拶して書斎を出る。
 テラスへ向かうために廊下を進んでいくと、宮殿にはそぐわない夜の雰囲気をまとった女性が横切った。

 豊満な胸を露出させた服装が一瞬カルロッタに見えて、シュゼットは足を止める。

「今のは……」

 先を進んでいた世話人は、鼻持ちならない様子で女性が歩き去った方をにらんだ。

「陛下が呼んだ酒場の女性だそうです。毎晩かわるがわる違う人間が来るんですよ。すぐに帰らず宮殿の中をうろつくことも多いので、いつか悪さをするのではないかと衛兵が気を張っています」

「そう、ですか」

 アンドレが夜な夜な女性を呼んでいると聞いて、シュゼットの胸に陰が差した。

 客間に寝泊まりしていることは何となく察していたけれど、夫婦の寝室に来ないで何をしているかと思えば、違う女性と遊んでいたのだ。

 妻である自分には指一本触れないのに。

(人生は、物語のようにはいかないのですね……)