式を上げた日から一週間、シュゼットは毎晩ドアノブを回してみた。

 しかし、鍵はかかったままだった。
 扉が開かないと確かめるたび、胸の奥にあるしこりが大きくなるのを感じる。

 しこりの正体はわかっている。自分の力ではどうにもならないものに期待して、裏切られたと自分勝手に思ったときの気持ち。つまり不満だ。

 これ以上、その気持ちを育ててはいけない。
 不満は大きくなると苦痛に変わる。苦痛になったらもう取りのぞけない。

 だから、シュゼットは鍵を確かめないで眠るのだ。

 箱の中にいる猫が生きているかどうかわからないように、確かめなければアンドレがシュゼットのもとに来る可能性はなくならない。

『おうい、それで本当にいいのかい?』

 返事を聞きつけたベッドが、太い柱から声を響かせる。
 金でできているせいか、その声は立派な舞台に立つバリトン歌手のように華やかだ。

『王妃様、国王にがつんと言ってみなよ。ああいう男は一度しっかり叱ってやらないと反省しないもんだ。後で、何も言わなかったじゃないか、と言われても遅いんだぞ』

 いかにもアンドレが言いそうだったので、思わずシュゼットは吹き出してしまった。

「いいえ、待ちます。ダーエの小説でもよくあるんですよ。事情があってヒーローが初夜に現れず、そのまますれ違っていたのが紆余曲折あって両想いになる展開が」

 もしもシュゼットが物語の主人公なら、今はこういうシーンのはずだ。

 ――アンドレはカルロッタに騙されて初夜をすっぽかしたことを悔やみ、シュゼットに許しを乞うタイミングを計っているけれど、政務が忙しくてすれ違ってしまっている――

(それなら、明日にでも来てくださるはずです)

 これまで読んだダーエの小説だったらそうなる。

 アンドレはシュゼットに謝り、すれ違っていた間をやり直すように二人で甘い時間を過ごすのだ。

 幸せな物語を思い浮かべると、胸のもやもやが幸せな気持ちに塗り替えられていく。

 だからシュゼットは本が好きだ。苦しさも悲しさも寂しさも忘れさせてくれる。
 それがうたかたの幻だとしても。

(眠りましょう。明日は今日より良くなると信じて)

 ベッドとドアノブの話に耳を傾けながら、シュゼットは目を閉じた。

 その晩は朝までぐっすり眠れたけれど、それから一週間経っても、一カ月経っても、アンドレは寝室に現れなかった。