傷跡がなかったら、アンドレはシュゼットを愛してくれただろうか。
 それとも、傷跡があろうともカルロッタの方を選んだだろうか。

 答えが出るはずのない問答が、いつもシュゼットの頭の片隅にあった。

 憂うつな気持ちは、普段は草むらのような見えづらいところに隠れていて、シュゼットが油断した時に飛び出して、大きな口でパクンと飲み込もうとしてくる。

 王妃らしい振る舞いを心がければがけるほど、体をむしばまれていく心地がした。

 もしも人前で国王陛下の仕打ちを暴露できたら。
 王妃の立場を捨てて、みっともなく声を上げて泣き叫べたら。

(誰かが助けようとしてくれるでしょうか)

 万に一つの可能性はあった。けれど、シュゼットは黙っていた。
 虐げられるのも、おさがりをもらうのも慣れていたし、何より助けを求めるのが下手なのだ。

 空が暗くなる頃に着替えて晩餐へ向かうが、ここにもアンドレは現れない。

 晩餐室で待っていると、毎日のようにラウルが国王の不在を謝りにくる。
 ただでさえ怖い顔をしかめられるのが恐ろしくて、もう知らせに来なくても大丈夫だと伝えたらため息をつかれてしまった。

 呆れているようだ。
 王妃と徹底的に顔を合わせない国王に。
 そして、裏切られていると知っても戦おうとしないシュゼットに。

 豪勢な夕食をお腹につめ込んだら、ゆっくり眠る支度をする。

 綺麗なお湯で体を洗い流したら香油を刷りこみ、髪を丁寧に乾かして艶が出るまですく。
 身につけるのは絹の夜着だ。リボンやレースがついた可愛らしいデザインで、おさがり姫の名にそぐわないピカピカの新品である。

「すみません、みなさん。こんなにしていただいているのに国王陛下を寝室にお呼びできなくて……」