シュゼットは残念そうに目を伏せる。

 貴族令嬢は床に落ちた物を拾わない。
 使用人に目配せして拾わせるのが常識だ。

 もしもシュゼットが片付けはじめたら、カルロッタは顔を真っ赤にして「侯爵家の娘が使用人みたいな真似をするな!」とわめくに違いない。
 たとえカルロッタが普段からシュゼットを使用人のようにこき使っていても、だ。

 姉の怒声はキンキンしていて耳鳴りがするし、一体どこから学んできたのか不思議な汚い言葉を浴びせかけられるしで最悪だ。

 一応なだめてみるが、姉の怒りが他人の呼びかけで収まったことはない。
 シュゼットへの叱責は、カルロッタが疲れ切って、もういいと気が変わるまで続く。

 だからシュゼットは、片付けたい衝動を押さえつけるように手と手を重ねて、支度室のすみにぼんやりと立っている。

 カルロッタは怒りやすいが単純だ。
 種をぎっしりとたくわえたカタバミの実みたいに、刺激を与えさえしなければ爆発しない。

 災難を避けるために、息をひそめて、ただ静かにこの時間が過ぎるのを待つ。
 それだけでいい。

(こうしていると眠くなりますね……)

 あくびをかみ殺しても見られないのは幸いだった。
 シュゼットはとある事情によりベールを被っているので、近づいて目を凝らさないと顔が見えないのである。

 窓から差し込む陽で体があたたまり、どんどん眠気が強くなる。
 ほとんど閉じた目にカルロッタの姿は映らない。

 シュゼットに届くのは、バサリバサリという物音と、かすかな『きゃー』『うわっ』という何者かの叫び声だけ――。

「聞いてるの、シュゼット!」
 
 怒鳴りつけられて、シュゼットは我に返った。

 いつの間にか、カルロッタがこちらを向いて立っていた。
 散乱したドレスの中央で胸を張っていばる姿は、冬毛の生えたリスみたいだ。

「この服は全部あんたにくれてやるわ。どれも流行おくれのダサいものだけど、芋くさいあんたにはちょうどいいでしょう。なんて言ったって、侯爵家の〝おさがり姫〟だものね!」