侍女の悲鳴にびっくりしてシュゼットは硬直した。
 一方、アンドレは落ちまいと空中でもがいた。
 そのせいで、棒はすさまじいいきおいでシュゼットの頭に叩きつけられた。

(それで、私の頭はがつんと割れてしまったのでした)

 幼子でなくても頭部への衝撃は命取りだ。
 幸いにも、令息の中に医学を学んでいた男の子がいて、彼が応急手当てをしてくれたおかげで出血は最小限ですんだ。

 その後はすみやかに宮殿へ運ばれ、王家お抱えの医師による緊急手術で一命はとりとめた。

 ただし、額にできた傷跡は一生残るだろうと告げられた。

 顔に大きな傷がある令嬢は、たとえ侯爵家の娘でももらい手がいない。

 しかも、怪我を負わせたのはこの国の王子だ。
 シュゼットを嫁に取れば被害者側にくみすることになり、もれなく王族とのいびつな関係ができてしまう。

 事情を聞いて胸を痛めた前国王は、息子アンドレとシュゼットを婚約させることにした。
 政略ではなく不幸によって、シュゼットは花嫁になる権利を与えられたのだ。

(後遺症がなかったのは幸いでした)

 体にはまったく問題ないが、器物の声が聞こえるようになったのは、頭に強い衝撃が与えられたこの事故が原因なのではとシュゼットは思っている。

 なぜなら、これまでジュディチェルリ侯爵家にそういった才能を持つ人物がいなかったからだ。
 文官だった祖父が家の系譜を丹念に調べてくれたので間違いない。

 あの家で、シュゼットの奇妙な力を受け入れてくれたのは祖父だけだった。

 祖父は、シュゼットが物と話せると知っても気味悪がらずに可愛がってくれたが、病みついて療養地へ旅立つことになった。
 真面目な人で、シュゼットが私も連れていってと願っても聞いてくれなかった。

 ――お前には幸せな未来が用意されているから、安心していなさい。

 さよならのときの優しい祖父の顔は、今でもありありと思い出せる。

 しかし、ジュディチェルリ家に残されたシュゼットは一気に孤立していった。
 メグと出会うまで、器物だけが心の支えだったのだ。