フィルマン王国は、雄牛のような形をしたコントラルト大陸の西方に位置する平和で豊かな国だ。

 南のオレド海から吹き込むあたたかな風と平地の多い地理のおかげで農業が盛んであり、収穫量の多い小麦をさかんに輸出していることから大陸の食糧庫とも呼ばれている。

 経済的に安定しているため、王都リスティーヌは夜中に道で寝転がっていても財布がなくならないと言われるほど治安がよかった。

 その平和で満ちたりているはずの都が、なぜだか朝からそわそわしている。

 それもそのはず。
 今日は、若き国王アンドレ・フィルマンの結婚式なのだ。

 相手は、第八代国王アッティーリオ二世の頃に起きた侵略戦争で国を守り抜いた逸話が残る騎士ジュディチェルリの末裔である。
 かつての英雄の血が王家に入るという一大イベントに、国民はみな歓喜にわいていた。

 その頃、シュゼットは宮殿の一室で大勢の侍女たちに囲まれていた。

 身につけた花嫁衣裳は職人たちが一年がかりで仕上げたもの。
 長袖で露出こそ少ないが、シュゼットの細い体を引き立てるデザインとふんわり膨らんだスカート、長く後ろにのびるトレーンまでも上質な絹でできていて、肌になじむ感触にうっとりしてしまう。

(どこを見てもシミ一つありません。完璧な新品です!)