耳元でささやかれる言葉に、シュゼットはうっとりと身をゆだねた。

 ラウルは優しい。
 周りを大切にすればするほど、自分が追い込まれる類の思いやりを持っている。
 アンドレの尻ぬぐいをさせられているのはこのせいだ。

 そして今、ラウルはシュゼットの苦しみまでも一緒に背負おうとしてくれている。

(私まで甘えられません)

 ただでさえアンドレのせいで心労が絶えないのに、シュゼットまでもたれかかってはラウルの心がすり減ってなくなってしまう。

 心がなくなったら、ラウルはきっと恐ろしい国王補佐の顔から本来の彼に戻れなくなる。
 それだけは避けたかった。

「ラウル」

 シュゼットは、初めて彼の名前を呼んだ、
 鍛え上げられた胸を押して体を離し、代わりに持ってきた包みを押し付ける。

「六年分の宮廷録と貸していただいていた原稿です」
「見つかったのか! もしや、今日の帰省はこれを探すために?」
「約束しましたから。そして、シシィとして会うのはこれが最後です」

 儚く笑うシュゼットに、ラウルは悲痛な声を漏らした。

「なぜ」

 動揺する彼から目を背けて、シュゼットは握りしめていたベールを被る。

 世界が白く覆われて、遠ざかる。
 エリック・ダーエとの出会いも、ろくでもない結婚生活も、これで全てが薄い布の向こう側。

 恋するシシィは、かわいそうな王妃様に戻った。

(これでいいんです)