たまたま難病物の作品を見たら、ハマった。同じ系統の話を、たくさん見たり読んだりした。同じものを何度もリピートした。春休みだったので、ずっとハマっていた。まさに泥沼だ。その泥の水分は、俺の目から出た。涙が溢れて溢れて、自分でも、どうにかなりそうな午後、隣の住んでいる同級生の幼馴染がやってきた。彼女の母親から、俺の母親への届け物を持って来たのだ。母が不在だったので俺が応対した。俺の顔を見るなり、あいつは驚いた。
「どうしたの、その顔?」
「何が?」
「目の周り、凄く腫れてる」
「そうかな」
 俺は靴箱の上にある鏡に自分の顔を映して、驚いた。両目の周囲が試合を終えたボクサーみたいに腫れあがっている。
「うわ」
「凄く腫れてるでしょ? ねえ、どうしたのそれ?」
 難病物の作品を徹夜して見続け、ずっと泣いていたら目が腫れたみたい……とは言いにくい。こいつには弱みを見せたくないのだ。
「えっと……まあ、実は病気になっちゃって」
「風邪?」
「いや」
「花粉症」
「いやあ」
「新型コロナとか、インフルエンザ?」
 しつこく聞いてきたので俺は軽い気持ちで嘘を吐いた。
「不治の病。でも、死ぬほどのことじゃない」
 あいつは真面目な顔で言った。
「それじゃ、あたしとおんなじだね」
「え?」
「あたしもね、不治の病なんだ」
 俺は自分の腫れた瞼を見たときよりも驚いた。
「嘘だろ! そんな話、聞いたことないぞ!」
「言ったことないもん。でも、あなたのママは知っているよ。うちのママが伝えたから」
「どうして俺に言わなかったんだ!」
 あいつは俯いた。
「だって、知られたくなかったから」
「どうしてだよ!」
「今まで通り、普通に接して欲しいから」
 俺は少しカッとなった。
「そんな、そんな大事なこと、どうして言ってくれなかったんだよ! 俺たち、ずっと昔から仲良くやってきたじゃないか! 喧嘩をする方が多いけど、それでも、俺たちは友達だろ! 言ってくれよ……教えてくれよ、そんな大事なことを、どうして黙ってたんだよ」
 自分でも驚いたが、最後は涙声になっていた。どうやら俺は難病物に入れ込み過ぎて、精神状態が不安定になっていたようだ。言わなくていいことまで言ってしまった。
「お前が、そんな病気だって知っていたら、もっと優しくしてあげたのに。お前のためなら、何だってしてあげるのに。何だって、おまえの望みをかなえてやるよ、ずっと好きだった。言えなかったけど、ずっと言えなかったけど、ずっと好きだった……」
 泣き腫らした顔で俺は告白した。
 あいつは、かなり驚いた様子だった。顔を真っ赤にして、慌てたときの癖の変な動きをしながら、俺を見つめる。その動きが、遂に止まった。
「それ、本当?」
「本当の気持ちだ」
「嘘じゃなくて?」
「嘘なんて言わない」
「今日、エイプリルフールなんだけど」
「え」
「あのね、怒らないで聞いてね。さっき言った話、嘘」
「う・そ?」
「そう、不治の病がどうしたこうしたって話、全部、嘘」
 俺はブチ切れた。
「嘘だと! 俺は本気で心配したんだぞ!」
 あいつは玄関を飛び出した。ドアを閉める直前、俺に「にま~」と気色悪い笑顔を向けてきた。バカにしてんのか。ああ、あいつは難病物のヒロインなんか絶対に向いてない!