7月15日、あなたに告白します。

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 我ながら呆れてしまうけれど、佐倉くんの家を出てすぐ私は自転車を持ってきていなかったことに気づいた。

 朝家を出たときは、佐倉くんの家に行くことしか頭になかったから・・・。
 にしても学校までどうやって通学するつもりだったんだろう。


「・・・・まあいいか・・・」


 自転車を取りに戻ってもよかったし、別にバスを待ってもよかったのだが、なんだかめんどくさくなってとりあえず歩き出した。
 正確に言うと、もうなにもかもどうでもよくなったのかも。

 どうせ普段ならこのまま30分ほど佐倉くんの家にいるはずだけど今日はもう出てきてしまったんだし、普段より大幅に遅刻する、なんてことはないはずだ。


「・・・あー・・・でも踏切に間に合わないかも・・・」


 ふとそう思って、足を止めた。
 けどため息を一つついて歩き出す。

 もうどうでもいいや。
 どうせ朝の数分、あったところで変わりはしない。

 なんて、自暴自棄に考えつつ、私はぼんやりと歩いた。


(・・・一生このままだったらどうしよう)


 まだ通勤通学には早い時間帯だからか、ほぼ人通りはなかった。
 車もちらほらいるくらい。

 静かで人の少ない通りを歩いていると、嫌な考えばかりがよぎるもの。


(旅とかしちゃおうかなぁ・・・あ、でも一日経てばここに戻ってきちゃうわけだから日帰りになっちゃうか・・・。けどむしろ行きさえすればあとは自動的にこの町に戻ってくるわけで・・・)


 そんなバカみたいなことを、本気で考えていた。
 7月15日を永遠に続けることになるかもしれないと、私は本気で思い始めていた。

 そんな時だった。


「日野っ!」


 考え事をしながら歩いていた私に、突如声がかかった。
 聞き覚えのある、低いあたたかい声。


「―――――さ、佐倉くん・・・?」


 振り返ると、間違えようもない、佐倉くんの姿。
 自転車をかっ飛ばしてきたのか、シャトルランした後みたいに息切れして、汗もだくだくだった。


「・・・・な、なんでここに・・・」

「・・・なんか日野の様子が変だったから急いで準備して追っかけてきた」


 息を整えつつ、佐倉くんは私の姿に目を向ける。


「歩いていくつもりか?無謀だろ、たぶん一時間くらいかかるぞ」

「・・・大丈夫だよ。気にせずお先にどうぞ」


 私は佐倉くんの目を見ないよう顔を伏せつつそう言った。
 しかし佐倉くんは進みだそうとせず、それどころか自転車をおりた。


「・・・じゃあ俺も歩こう」

「・・・え?」

「俺も歩いていく。ほら、早くしないと遅れるだろ、行こう」


 戸惑いつつどんどん先にすすむ佐倉くんにつられて、私も歩きだした。


「・・・さ、佐倉くんは別に歩く必要ないじゃん・・・自転車あるんだから」

「言ったろ、日野が心配だから追って来たって。ここで放りだして一人で登校しだしたら本末転倒だろ」


 佐倉くんはやっぱり今日も優しかった。
 けどその優しさが、今日はなんだか痛かった。


「・・・別に心配されるようなことなんて何もないけど」

「そうか?なんか今にも死にそうな顔してたぞ」


 冗談めかして佐倉くんがそう言った。
 けど今の私には、冗談には思えなかった。


「・・・そっか、死んでみるのもありかもね」


 死んだら終わるかも。
 この地獄が。

 自嘲気味に小さく笑った私を見て、佐倉くんが血相を変えた。


「・・・違う!ごめん冗談のつもりで・・・!!」

「うん」

「ほんとに違うんだ、考えなしに話して悪かった・・・!」

「いいよ、わかってるって」


 私は笑ってみせたけど、佐倉くんはますます焦ったみたいな表情になった。


「今のはそういう意味じゃなくて・・・・!」

「冗談でしょ、知ってる」

「そうなんだけど!」


 佐倉くんの大きな手が、私の肩をつかんだ。
 突然捕まれて、これまで佐倉くんの目を見ないようにしていたけど、つい驚いて私は佐倉くんを見上げた。


「・・・冗談言って悪かった。簡単に死ぬとか言わないでくれ・・・俺、日野がいなくなったら・・・」


 佐倉くんの顔が、切なそうにゆがんだ。
 私はそれを見ていると心の奥が痛んできて、強引に佐倉くんの腕を振り払った。


「!・・・日野!」


 佐倉くんがなおも何かを言いつのろうとした。
 けどもう佐倉くんの言葉を聞きたくなかった。
 聞いてしまえば、きっとまた泣いてしまうだろうから。


「もういいってばー!冗談じゃん冗談!佐倉くんと同じ!冗談のつもりで言ったんだってば!」


 ひきつりそうになる顔を無理やり笑わせてそう言って、私は歩き出した。
 ワンテンポ遅れて、佐倉くんも慌てて私に追いついてくる。


「・・・ごめん、日野のそんな落ち込んでる姿初めて見たから」

「・・・・」

「・・・なんか冗談に思えなくて」

「・・・あはは・・・頭固いなぁ、冗談も通じないんだ、佐倉くんって」

「・・・ごめん」


 言ってすぐ、ちょっと後悔した。
 佐倉くんの優しさを振り払いたい一心で刺がある言い方をしてしまった・・・。

 私ってほんと話すの下手くそだ。
 こんなに話すのへたくそなくせによく告白しようなんて思ったもんだ。
 そんなバカだから地獄を見るんだ。

 私はまた自嘲気味に小さく笑った。


「・・・日野、なんかあったなら相談してほしい。俺じゃ話せないって言うならそれでもいいから、信頼できる誰かに・・・」

「・・・だから。別に何にもないって」

「・・・けど――――」


 佐倉くんの言葉を遮って、私は心の奥底にくすぶるイラ立ちとともに口を開く。


「ていうか佐倉くんには関係ない。・・・ただのクラスメイトでしょ、それも今日までまともに口をきいたことないじゃん」

「・・・・」

「だから放っておいてよ・・・」


 これまでループの間、私は佐倉くんと、何度も何時間も話した。
 けどそれは佐倉くんの記憶にはないわけで・・・それってつまり佐倉くんからしたら、私はただ顔見知り程度のクラスメイトってことだ。


「・・・そうだな」


 数歩後ろで歩く佐倉くんが、小さくそうつぶやいた。
 私は振り返らず歩いていたから、その時の佐倉くんがどんな表情をしていたのかわからなかった。


「・・・けどさ・・・そうなんだけどさ。それでも俺は日野のこと放っておくとかできない・・・だって俺は日野のことが――――――」


 佐倉くんが何かを言いかけたけど、その瞬間踏切の音に遮られた。
 そして見上げると数メートル先に、見慣れた踏切があった。


(・・・間に合っちゃったか・・・)


 うれしいような、かなしいような。
 っていうかもう何もかもどうでもいいような。

 まあでも間に合ってしまったものはしょうがない。

 私は小さくため息をついて踏切の前にいる天ヶ崎くんに近づいた。


「・・・おはよう天ヶ崎くん」

「おはよう、日野さ――――――あれ?応助?」


 普段通り挨拶しかけた天ヶ崎くんが、私の隣の佐倉くんを見て驚いた。


「なんでここに・・・っていうかなんで日野さんと登校してるの?え、っていうかいつもバス通だよね?しかも遅刻ギリギリの・・・」


 佐倉くんの行動があまりにも普段と違いすぎるからか、天ヶ崎くんは目を白黒させた。


「いや・・・朝なんか日野がうちに来て」

「え?日野さんが応助の家に?なんで・・・?」

「俺もわからん。けどなんか落ち込んでる?っていうか思い詰めてる?っぽかったから気になっていっしょに登校しようと思って追いかけてきたんだ」

「なるほど……?」


 天ヶ崎くんは首をひねった。
 そして私に向きなおる。


「日野さん、今日は歩きなの?」

「うん、自転車忘れちゃったから」

「自転車忘れる・・・・?」


 天ヶ崎くんの眉間にしわが寄った。


「・・・ちなみにどうして急に応助の家に行こうと思ったの?そんなに二人が話してるとこ見たことないんだけど・・・」

「・・・特に意味はない。家が近かったから」

「家が近かったから・・・?」


 天ヶ崎くんの眉間のしわがますます深くなった。

 そしてもう一度くまなく私を見つめなおす。
 赤くなった目元とか、普段よりぼさぼさな髪に目を留めたのか、天ヶ崎くんの眉間のしわがさらにさらに深くなった。

 天ヶ崎くんが佐倉くんの耳元に口を寄せる。
 そして私に聞こえないよう、少し小さめの声で話し始める。


「・・・応助、確かに日野さん変だ・・・」

「だろ」

「・・・けどどうしたらいんだろ・・・何が原因なのかさっぱりわかんないんだけど・・・」

「俺もだ」

「・・・何も聞いてないわけ?ここまで来るときに・・・」

「何も話してくれないからな」


 天ヶ崎くんは困ったように頭をかいた。
 話し込む二人をよそに、私はまた一人、他愛もないことを考え始める。


(・・・学校めんどくさいな・・・ていうかむしろここまでの私よくめんどくさがらずに学校行けてたよ、13回も同じ授業やってたってのにさ。今日もう帰りたい・・・帰っちゃおうかな・・・あ、けどもう佐倉くんと天ヶ崎くんには会っちゃってるわけだしずる休みってバレるか・・・)


 まあずる休みってばれたところでそれすら明日になればリセット――――なんて考え始めて、嫌になった。
 すべての思考がそこに行きつく。
 思考すらループするっていうのか、ループ中は。

 考え事をしないよう、私は口を開いた。


「・・・ねぇ、ニューヨークってここからどのくらいかかるかな」


 私の言葉に、佐倉くんと天ヶ崎くんが顔を見合わせた。
 そして複雑そうな表情をしつつ、天ヶ崎くんが答えてくれた。


「・・・わかんないけど・・・一旦羽田空港に出るとして・・・・15時間とか、そのくらいだと思う、けど・・・」

「なら、ほぼ移動で一日潰れちゃうかぁ・・・」


 私の言葉に、また顔を見合わせる二人。
 今度は佐倉くんが口を開いた。


「えっと日野・・・・ニューヨーク行きたいのか?」

「うーん、人生で一回は行ってみたいって思ってたんだけどねぇ・・・無理そうだね」


 15時間て。
 着くの日本時間で22時くらい。
 行ってもほぼ何もできないじゃん。


「・・・確かにすぐには厳しいかもしれないけど、生きてればこの先行く機会くらいあるだろ」

「・・・・そうだねぇ・・・」


 この先がないからね。
 とは口に出さず、心の中で留めておいた。

 今の佐倉くんは私のループのことを知らないわけだし、なにより知っていたとしてもここには天ヶ崎くんがいるし。


「・・・じゃあ、卒業したらニューヨーク行こう」

「え?」


 佐倉くんの提案に驚いて私は顔をあげた。


「楽しみがあったほうが生きるの楽しくなるもんだろ」

「・・・あはは、そうかもね」

「絶対そうだ。約束だからな、卒業したら絶対行くぞ」


 卒業後・・・か。
 きっと佐倉くんは私が死にたがってると思っているから、そんな約束を交わしたんだろう。


「・・・それならニューヨークじゃなくてプリクラがいいな」

「プリクラ?」

「うん、プリクラ。卒業したら、二人で撮りに行きたい」


 昨日握りしめたあのプリクラは、もうなくなってしまったから。
 そう思うと涙が出そうだった。
 佐倉くんは私をじっと見つめたあと、口を開く。


「そんなのいくらでも撮るに決まってるだろ」

「・・・ほんと?」

「当たり前だ。なんなら今日でもいい」

「・・・今日は遠慮しておく」

「なんでだよ・・・さっきまで乗り気だっただろ・・・」


 佐倉くんは苦笑いでそう突っ込んできた。
 そしてそうこうしているうちに、電車が迫ってきた。

 それを確認した天ヶ崎くんが、こちらを振り返る。


「・・・・あのさ」


 電車が通り過ぎた。
 なのに走り出さない天ヶ崎くん。


「俺もいっしょに登校するよ」

「え?」


 天ヶ崎くんの視線が、私に注がれる。


「日野さんのこと、僕も心配だし。あ、もちろん余計なお世話だっていうならやめておくけど・・・・」

「いや・・・余計なお世話なんて、そんなこと・・・」

「そっか、じゃあいっしょに行ってもいい?」

「・・・うん」


 天ヶ崎くんも、佐倉くんに負けず劣らずのお人好しらしい。知っていたけど。

 そしてこれまでの失敗から察するに、この優しさを私への好意だと解釈するのは間違いらしい。
 天ヶ崎くんはすべての人に、いやすべての生き物に、いやすべての有機物に優しくできる男の子だともう私は学んだ。

 期待なんて、するだけ無駄。

 告白なんて成功するはずないし、ループだって終わるはずない。
 私は永遠に地獄から抜け出せないんだ。