その日からクラスメイトによるアリシア苛めが始まった。
みんな、エーメント殿下の婚約者の座を狙っていた人たちだ。
私と殿下の関係が上手くいっていないからアリシアを蹴落とせば自分たちがその座につけるかもと思っているのだ。
お互いに協力しながらアリシアを虐めてはいるが、一時だけ。
完全にアリシアを排除できれば今度は結託していた人たちで蹴落とし合いが始まる。

バシャンっ

「何の匂いかしら」
「臭いわね。そんな臭くて、殿下の元へ行けるのかしら」
「近づかないでいただきたいわ。私たちにまで匂いが移ったらどうしてくれますの」
びしょ濡れのアリシアを貴族令嬢たちが取り囲んで嘲笑う。
彼女たちが言うようにアリシアからは異臭がした。
彼女たちがアリシアにかけた水は汚水だったのだろう。
令嬢たちの横でバケツを持っているメイドがいる。バケツの中にはほんの少し水が残っていた。その水は鼠色に濁っている。
「‥…お姉様」
たまたま近くを通った私をアリシアが見る。
助けを求めるその目を無視した。
背を向けた私を見てアリシアがその目に絶望の色を宿したことは確認しなくても分かる。
都合よすぎでしょう。
人の婚約者と不貞を働いておいて、助けてくれなんて。
それに私たちは決して仲の良い姉妹ではなかった。喧嘩をするようなことはなかったけど、積極的に話しかけることも雑談をするような間柄でもなかった。だからって存在を無視していたわけではない。邸内で会えば、挨拶ぐらいはしていた。
姉妹だという認識はあった。でも、私たちはいつだって“家族”という名の他人だった。
自分の見栄の為に私に過度な期待をする母。私の容姿が気に入らないだけで厳しく当たる父。
どんなに頑張っても二人が私を褒めてくれたことはなかった。
できて当然。して当然。だからこそ「もっと」と求めてくる。そこに終わりはなく、いつまで私は全速力で走り抜けなければならないのだろう。そんなことを考えていると庭から明るく笑うアリシアの声が聞こえた。
母に言われているのだろう。厳しく、時には教鞭で叩いてくる家庭教師の目を盗んで、こっそりと窓から庭を覗くと、侍女たちと一緒に庭で遊ぶアリシアの姿があった。
その姿を見るたびに思った。
どうして私だけがこんな思いをしないといけないのだろう。
同じ両親から作られた命なのに。姉妹なのに。
アリシア、あなたは知らないでしょう。
私がどれほどあなたを憎んでいたのかを。
頑張って、頑張って、頑張って。やっと、認められた。殿下の婚約者に選ばれた。そう思った。
なのに、あなたはその地位さえも奪う。
ただ白磁の肌をしているだけで。
ただ金の稲穂のような髪をしているだけで。
ただ蒼天のような清々しい色の瞳をしているだけで。
ただそれだけで。
ただそれだけの違いでどうしてこんなにも私たちは違う世界にいるの。