「お姉様、信じてください」
アリシアは学校にいる間、ずっと私に付き纏っていた。その姿はとても滑稽で周囲に嘲笑を誘う程だ。
「あんなに必死になって見苦しい」
クスクスと笑う声と共に私に耳に入ってきた。けれど必死になりすぎているせいかアリシアには聞こえていないようだ。
「本当に私と殿下はただの友人です」
“友人”って“愛人”の別称で用いられるのよ。貴族間の男女の場合は。勿論、状況や当事者どうしの関係にもよるけど。今回は友人=愛人だと思われてもおかしくない状況が全て揃っている。
実際、アリシアはエーメント殿下に好意を抱いている。エーメント殿下もアリシアに好意を抱いている。
私の指摘で別れたと言っているけど、だから友人になりましたと言われて「はい、分かりました」と言える婚約者がいるだろうか。
もしいるとしたら、そいつはただの馬鹿だろう。
そして、そんなことにも考えが至らず、私に許してもらえると思っている時点で私を馬鹿にしているのは明白。エーメント殿下は知らないけどアリシアは無意識に私を見下しているのだろう。
「婚約者のすげ替えも現実味を帯びてきましたわね」
「当然でしょう。あんな見苦しい見た目で殿下の婚約者なんて。普通なら辞退するべきよ。そんな良識もないのかしら」
ぎろりと私が睨むと彼女たちは気まずそうに視線を逸らした。声を落としての発言だから私に聞かれるとは思っていなかったようだ。
悪口なら本人のいないところですべきだろう。
「お姉様」
「しつこい」
一切を拒絶する私の一言にアリシアは傷ついた顔をする。その表情が余計に私を腹立たせた。
「お願いします、お姉様。信じてください」
はらりと涙を流す姿は同情心を誘う。案の定、馬鹿な男子はそれに騙されて私に冷たい視線を向ける。
「殿下の心変わりは自分のせいだろう」
「妹に暴力を振るう令嬢なんて嫌われて当然だよな」
「さすがはオスファルトの血を引くだけある。野蛮なんだよ」
オスファルトの血を引いているのは私だけじゃない。アリシアだってそうじゃない。なのに、どうして私ばかり。
ただ肌の色が違うというだけで、ここまで差別されなければならないの。
そうすることでしか自分の優位を保てないなんて情けない話。
私を差別することは己を卑下することと同じじゃない。
「どうして私があなたを信じないといけないの?自分の感情ばかり優先して、私のことを気遣うふりして馬鹿にしているあなたなんかの言うことを」
「私、お姉様を馬鹿になんかしてません」
「そうかしら?でも、私からなら殿下を奪えると思ったんでしょう。だから恋心を隠さなかった。だからずっと秘密の関係を続けてきた。自分なら殿下に相応しいと思ったんじゃないの?」
「違います!殿下のことは確かにお慕いしていました。でも殿下はお姉様の婚約者です。私がどんなにお慕いしていても、それは叶わぬ恋と蓋をしました。ずっと苦しかった。ずっと辛かった。でもお姉様の為にと我慢しました。全てはお姉様の為です。それなのに私が殿下と友人になることさえ、お姉様は許してくださらないのですか」
どこが我慢しているのよ。
私に隠れて付き合っていたくせに。
別れてってお願いしても“友人”を理由に関係を続けているくせに。
キスをしていなければ、抱き合っていなければ恋人ではないと言い切れるの?
お互いに好意を抱きながら距離を縮めるのは浮気と一緒だわ。
「私のせいだって言いたいの?全部、私が悪いって」
「どうして、そのように卑屈な取り方しかできないのですか」
「卑屈?あなたはもう少し言葉のお勉強をした方が良いわよ。私の為、それは私のせいと同義じゃない。そんなに欲しいのなら奪えばいいじゃないっ!」
ここが教室だといことも、衆人環視の目に触れていることも忘れて私は声を荒げていた。
「奪ってみせなさいよっ!姉から、婚約者を!売女!醜い娼婦!お得意でしょう。ご自慢の容姿で男の庇護欲をそそって、己を憐れんで、そうすればどんな男でも簡単に手玉にとれるでしょう。いつもそうして来たじゃない。やってみなさいよ!殿下に媚を売って、馬鹿みたいに腰をくねらせて、はしたなく胸をおしつけて、潤んだ瞳で、熱い眼差しで殿下を見つめて、“私を選んで”って言えばいいじゃない。あなたがいつもしているみたいに」