「イリス、貴様との婚約を破棄する!」
オーデル伯爵家が主催するパーティーでエーメント殿下が動いてくださった。
「嫉妬から妹に大して嫌がらせをするなど王妃の器ではないっ!」
お姉様はとても優秀な方。
けれど勉強だけできても王妃にはなれない。人を思いやる気持ちがなくては。お姉様にはその点が著しく欠けていた。とても悲しいことです。
きっとお父様やお母様に愛され、甘やかされて育ってせいでしょうね。
「何とか言ったらどうなんだ?」
お姉様は弁明もせず、表情も変えずにただ私とエーメント殿下を見つめる。
怖いわ。
何を考えているのかしら。
「殿下、私がここで発言することになんの意味があるのですか?」
「どういう意味だ?」
「私が『私ではない』と発言したところであなたは信じないのでしょう。けれど私もやっていない罪を認めることはしたくありません」
白を切るつもりかしら。そんなこと通用しないのに。
お姉様の悪行を明白。公爵家の人間として潔く罪を認めて欲しい。
「もし私に罪があるとしたら何もしてこなかったことぐらいです。アリシアがいじめられているのを放棄しました。見てみぬふりをしました」
確かにお姉様は直接手を下してはいない。だから罪がないと言うの。人を使って悪事を働くなんて、しかもだから自分は悪くないと言うの。どこまで公爵家の名前を汚せばすむの。
お姉様の心はどうしてそこまで醜く濁ってしまったの。
もう私の尊敬したお姉様はどこにもいないんだわ。何がお姉様をそこまで変えてしまったの。
「だって、自業自得でしょ。人の婚約者に色目を使っておいて何事もなく平和な日常が送れると本気で思ってたいたの?」
「どうして分かってくれないの?殿下とは本当になにもないのよ。ただの友達なの」
私のせい?
私がエーメント殿下を愛してしまったから、それがお姉様を変えてしまったの。
王太子妃の座を取られるかもしれないと思ったの?確かにお姉様はまだ婚約者。破棄されれば王太子妃にはなれない。けれどお姉様がそれに相応しい振る舞いをしていたら婚約を破棄されることはなかったのよ。
「あなたは、ただの友達とキスをするの?愛を囁くのよ?私が知らないとでも思ってるの?どこまでも馬鹿にして」
私とエーメント殿下は確かにお友達に戻った。
けれど愛し合っているのだ。その思いを消し去ることはできない。
「友達だと、別れたと言った後もキスをしていたわ。熱く抱き合っていたじゃない。はしたない」
「っ、それは」
見られていたなんて。気をつけていたのに。
だけど分かって欲しい。
私とエーメント殿下は愛し合っているのだ。お姉様とは違う。
お姉様には分からない。早い段階でエーメント殿下の婚約者に選ばれて、恋をしたことがないお姉様には運命の悪戯で引き裂かれた私とエーメント殿下の気持ちは分からない。
少しでも理解を示してくれたのならこのような最悪の事態は避けられたのに。
でも、もう手遅れ。
私たちにも非があったのは認めます。けれど、どのような理由があろうと他人を使って人を貶めることは許されない。それが貴族のトップである公爵家なら。それが何れ王妃の座につくエーメント殿下の婚約者なら。許されることではない。
「イリス、こちらに非があったことは認める。だからといってお前の罪が帳消しになるわけでもない」
お姉様、どうか罪を認めてください。これ以上、公爵家の名前を貶めないで。
「お前との婚約を破棄する。そして、私はこのアリシアと婚約をする」
‥‥…。
えっ?えぇっ!?
慌ててエーメント殿下を見ると優しい目を私に向けてくださった。
まさかのサプライズ。嬉しい。夢じゃないよね。そりゃあ、お姉様よりも私の方がって思ったけど。でも、まさか本当にそうなるとは思っていなかった。
嬉しかったけど次にエーメント殿下が続けた言葉は私の高揚した気分を下降させた。
「イリス、お前は未来の王妃に手を出した罪で国外追放とする」
お姉様のことは愛している。けれど自分の罪はちゃんと償ってもらわないといけない。それが為政者として正しい道理なのだ。例外は認められない。
全てはお姉様が選択した道の結果。
「命を取らないのはせめてもの情けと心得よ」
「お姉様、お姉様が私を嫌うのは仕方のないことです。でも、どんな理由があろうと人を傷つけることは許されることではありません。どうか、外国で自分の罪と向かい合い、そして昔の優しいお姉様に戻ってくれると信じております」
お優しいエーメント殿下の心を汲んでどうか罪を償ってください、お姉様。
このような形でお別れになるのはとても悲しいことですが、どれほど離れていようと、もう二度と会えなくても私はここでお姉様の幸せをお祈りしています。
お姉様、お姉様が私のことをどれだけ嫌っていても私はお姉様を愛しています。