「愛している、アリシア」
「私もです、殿下。ずっとこのまま時が止まってしまったらいいのに」
イリスと婚約しているという分不相応な立場を手に入れながらその心を裏切り続ける愚かな男、エーメントとイリスの妹アリシア。
エーメントが月に一度のイリスとのお茶会が行われていた日にエーメントはアリシアと会っていた。
恋人のように熱い抱擁を交わし、頬を染めながらお互いを見つめ合い、そして口づけを交わす。傍から見たら付き合いたての初心なカップルだ。
だが実際はただの浮気。そこに純粋さも神聖もない。
ただの汚らわしい関係だ。
嬉しそうに過ごすアリシア。
自分が好きになった相手が、愛を交わしている相手が姉の婚約者であることを都合よく忘れているようだ。
エーメントは婚約者であるイリスではなく、アリシアを優先した。
そのことでイリスが傷ついていると思いもしていないのだろう。愛される喜びのあまり、その陰で泣いている者がいることに気づきもしない。
エーメント。
あなたが愛を注いでいる相手は婚約者の妹だと忘れていないか。
今日はイリスと月に一度のお茶会の日だ。わざわざ、この日を選んでアリシアと会っているなんて最低だな。
イリスがどれだけあんたとのお茶会を楽しみにしていたか気づいていたくせに。それを嬉しく思っていたくせに。
もうそんな感情は消え去ったか?

ああ、何だ。
二人ともお似合いのカップルじゃないか。
お互いに自分たちの都合の良いことばかりに目を向けるところなんてそっくりだ。

エーメントとアリシアは俺が見ていることに気づかないまま愛を交わし続けた。
俺はそれに侮蔑の眼差しを向けた後、イリスの元に向かった。
悲しまれているイリスを慰める為に。
イリスには俺がいればいい。彼女にもそれを分からせよう。頃合いを見て、動こう。
こんなことになる前からエーメントとイリスが結ばれることは絶対にないと決まっていた。そんなこと、俺が許すわけがない。だって、イリスは俺のだから。
それは誰が相手だろうと同じ。
俺以外がイリスに触れる?彼女の傍に居る?
考えるだけで怒りがわく。
もし、イリスが俺を拒絶したら俺は多分この激情を抑えられない。
イリスを殺して、俺も死ぬのだろう。
「イスファーン、どこに行っていたの?」
邸に帰るとイリスが俺の元に来た。さっきまで渦巻いていたどす黒い感情が霧散する。
「すみません、野暮用で外に出ていました。何か御用でしたか?」
「いいえ」
目元が赤い。泣いたんだな。あんな男の為にイリスが泣く必要なんてないのに。そんな価値ないよ。
「お茶を淹れてまいります。お部屋でお待ちください」
「分かったわ」
イリスの好きな甘いミルクティーを淹れよう。少しでも彼女の心が晴れるように。