俺の名前はイスファーン。俺の母はオスファルト第一王女の乳母
母はいつも王女を優先していた。王女は大人の女性なのにまるで子供のような人だった。俺の母がいないと何もできない人だった。

「お前の愛は重い」
エリシュア・オスファルト。
オスファルト王国の王。二〇歳という若さで即位した。
俺の腐れ縁のようなものだ。
そんなエリシュアがある日、俺に言った。
「お前のお姫様がお前を拒絶したらどうするんだ?」
そんなこと考えたくもない。
「おーい、顔がヤバいことになってるぞ」
「イリスは俺のだよ。誰にも渡さない。拒絶なんてさせない」
「でも、彼女には婚約者がいるだろ」
ああ、あの男の顔を思い浮かべただけでも腹が立つ。
王子でさえなければ今すぐ殺してやるのに。
彼女に触れた手を切り落として、名前を呼べないように舌を抜いて、薄汚い声を聞かせない為に口を縫い付けたいな。それと、彼女の美しい姿が見れないように目玉もくり抜きたい。
「あの馬鹿王子は今、アリシア・レミットに夢中だよ」
エリシュアは興味深そうに前のめりになって俺の話に耳を傾けてきた。良い性格をしている。
「すっげぇなぁ。妹と浮気か。その妹も顔に似合わずやるなぁ」
「会ったことがあるのか?」
「遠目で見ただけだ。可愛らしいお人形さんって感じだったな」
「まさにその通りだよ。悪気もなく人を傷つける。世界は常に自分を中心に回っていると信じている。けど、そのことに対して自覚がない。浮気のことだって好きになったから仕方がないと思っている」
「婚約者と妹に裏切られて姉が傷つかないと思っているのか?」
「そこまで考えが及んでないんだ。謝ればすむと思っている。傷ついているとか傷ついていないとかそんなことは念頭にない。謝って許してもらえればそれでこの件は終わり。許してくれないのなら、許してくれるまで謝ればいいと思っている。どうして許してくれないのかとは考えない」
俺の言葉にエリシュアは「おもしれぇ」と言って笑った。それは嘲笑だった。
「そんな人間いるのなら是非会ってみたいね」
「どうぞお好きに。公爵家の娘だ。嫌でも会う機会なんて幾らでもあるだろ」
「そして次期、王子妃、だろ?」
エリシュアを見るとにやりと笑った。
「お前がこの機会を逃すとは思えない。お姫様を手に入れるチャンスだからな」
ああ、逃がすつもりはない。
あいつ如きがイリスの婚約者なんて分不相応な立場を手に入れながらそれを踏みにじる愚か者。
どうしてやろう。
イリスを傷つけた分、イリスを俺から奪った時間の分だけ苦しめたい。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。