「イスファーン」
「なぁに?」
子供なのだ。
私が欲しいと駄々を捏ねる。
だけど彼は欲しいと願うだけでは何も手に入らないことを知っている。
手に入れる為に、繋ぎとめる為に相手の望みを叶えようとする。自分を犠牲にしてでも。そんな方法で手にしたものなんて虚しいだけなのに。
「そんなことをする必要はないのよ」
がばっとイスファーンは私の膝に乗せていた頭を持ち上げて、私を真っすぐに見る。
「好きな人の為に何かをしてあげたいと思う気持ちは素敵だとは思うわ。でも望みを叶えなければ終わってしまう関係なんて私は嫌。そんなの悲しすぎる。そんな関係ならない方が良い」
「っ。イ、リスは俺のことが嫌いになったの?」
「違う、そうじゃない」
震えるイスファーンの体を抱きしめた。
ここへ私を連れて来たイスファーンのことは正直怖いと思う。だって彼の目には狂気が宿っていたから。でも今のイスファーンはまるで迷子の子供のようだ。
不安そうに私を見つめる彼の目には涙が溜まっていた。
私に拒絶された彼は本当に生きていけないのだと実感した。不思議とそれを重いとは感じなかった。そこまで愛してくれているのだと嬉しさを感じた。私も結構、重症かも。
「与えるばかり、もらうばかりの関係が嫌なの。あなたが与えてくれた分だけ、私も返したい。そんな関係でいたいの。イスファーン、私はあなたが私の望みを叶えてくれないからってあなたのことを嫌いになったりしないわ」
「本当に?」
「ええ」
「本当に、本当?」
「誓うわ」
「嘘じゃないよね」
「嘘なんかつかないわ」
「信じるよ?」
「信じて」
「‥…分かった」
イスファーンは私をぎゅっと抱きしめた後、「ちょっとまだ混乱してるから頭を整理してくるね」と言って部屋を出て行った。
イスファーンは私を「好き」だと言ってくれる。私が好きだから彼は私をここへ閉じ込めた。ずっと私に傍に居て欲しいから私を鎖で繋いだ。でも、彼とは一度も身体の関係になってはいない。
軽いキスはする。キスマークをつけられたこともある。でも、その先は多分、無理強いをしたくはないのだろう。気持ちが通じ合ってからと思ってくれているのかもしれない。
怖いけど、でもそれは私を愛する故。
「ああ、まずいな」
何とかこの状況から脱しようと考えを巡らせていたのにイスファーンに絆されている。
「どうしよう」
このままでもいいかと思っている自分がいる。
さっきのやり取りで一つ分かったことがある。
イスファーンは暴走しがちだし、何を仕出かすか分からないけどでも話せば分かってくれる相手でもある。私の話をちゃんと聞こうとしてくれるのだ。
貴族令嬢とか、妃とか、堅苦しい環境にも責任のある役割にも私は向いていない。だからこうなったのは却って良かったのかもしれない。
外に出なければ死ぬって程外出を好むタイプでもないし。どっちかというとニート生活に憧れていたし。
一種の防衛本能でも働いているのか、この環境に順応しようとしている私だったけど、この日以来イスファーンが彼が一緒という条件付きではあるけど邸の外に出してくれるようになった。せいぜい、庭の散歩程度だけど。それでも十分な進歩だ。こうやって関係というのは改善していくのかもしれない。
これはこれで悪くない。