この男と出会ったのは、ちょうど二ヶ月前の雨の日のことだった。



「傘、ないんですか」



 どうしてだったか。今となっては、あの時どうして声をかけようと思ったのか思い出せない。


 けれど雨の中にたたずむ、少しやつれた表情の彼が、まわりからひどく浮いていたことだけは鮮明に覚えている。



 特別なところなんて何もなかった。ピシッと決まったスーツを見に纏い、彼は必然的に雨の世界に存在していた。


 たったそれだけだったのに、私のピントは彼にしか合っていなかったのだ。




「よかったら、これ。私ここから近いんで」



 差し出したビニール傘をじっと見つめて、それからゆっくり視線をあげた彼。そこで初めて目があって以来私はおかしなことに巻き込まれている。



───ようは、彼を好きになったのだ。

 自分でも単純だと思う。これが世間一般で言うところの一目惚れというやつだろう。



「でも、そうしたらあなたが濡れるでしょう」

「ほんとに近いので。走れば少々濡れる程度です。私の人助けに貢献すると思って、受け取ってください」

「……では」



 戸惑いつつもビニール傘を受け取った彼は、くしゃっと笑った。目尻に皺ができる笑い方で、それもまた私の好みだった。



「ありがとうございます」

「いえ。それじゃ」