〇冒頭・学校・廊下(夕方)

人気のない廊下。窓から夕日のオレンジ色の淡い光が差し込む。

舞羽(ど、どうしよう。『ドキドキすること教えて』って言われても、恋愛初心者のわたしには難しすぎる……)
ぎゅっと目をつぶって考える舞羽。
そんな舞羽をじっと見つめる。
ふっと軽く笑うと、ぽんと舞羽の頭をなでるように叩く。
陵「悪かった。そんな困らせるつもりはなかった。聞かなかったことにして?」
舞羽「え……」
陵、歩き出す。
陵「帰ろうか」
舞羽「は、はい……」
何事もなかったかのように歩く陵。
舞羽(これでよかった、よね?安心するはずなのに、なんだか心が安心してくれない。わたし、がっかりしてる?)
引き下がられてがっかりしている自分に戸惑う舞羽。

〇場面転換・舞羽自宅・リビング
舞羽はキッチンでご飯の準備中。
エプロン姿。
陵、リビングにいない。部屋で執筆している設定。

誠二「ただいまー」
舞羽「おかえり……」
誠二、仕事から帰宅する。
誠二「あれ、 羽衣花先生は?」
舞羽「部屋で執筆してる……ねえ、お父さん、 羽衣花先生ってなんで新刊出さないの?学校が忙しいから?でも、パソコンには向かってるよね?」
誠二、ポリポリと頭をかいて困ったような顔をする。
誠二「 羽衣花先生は、新刊を出したくても出せないんだ……書けないそうなんだ」
舞羽「え、でも……寝不足になるくらい、執筆してるよね?今日だって図書室で、ノートにたくさん書いてたよ?」
誠二「舞羽……、小説を綴るのは、予想を遥かに超えて大変なことなんだ」
しんみりと説明をする誠二。
誠二「 羽衣花先生は、あんなに頑張って、睡眠時間を削ってまで綴った文字を、書いては消して。書いては消して。何度も繰り替えてしてるんだ」
舞羽「そう、だったんだ……」
舞羽の視線から、陵がいる部屋のドアの絵。
誠二「そう。小説家ってのは本当に大変なんだ。 羽衣花先生はコンテストで受賞して、デビューしたんだけど。華やかで順調そうに見えるけど、読者が知らない努力をたくさんしてきたんだよ」
誠二の言葉を聞いて、自分の力不足さと、今日の陵に対する態度を反省する舞羽。
舞羽( 羽衣花先生、本当に悩んでたんだ……なのに、わたしは恥ずかしいばかりに拒絶してしまった)
舞羽「わたし、 羽衣花先生は天才なんだと思ってた」
誠二「天才は天才だよ。高校生であんなに引き込まれる文章を書けるのは天才だ。だけど、天才でも悩んで努力はしてるんだよ」
誠二の言葉にじんとする舞羽。誠二のスマホの着信が鳴る。
誠二「もしもし、え。本当ですか⁉今すぐ戻ります」
焦ったように通話を切る誠二。※アクシデントがあった様子。
誠二「舞羽、ごめん。アクシデント発生したから、会社に戻る!」
舞羽「わかった。気を付けてね」※誠二が忙しいのは日常的。舞羽も不審がらずに受け入れる。

◯舞羽宅・部屋
陵が使っている部屋。
デスクに椅子。デスクの上にはパソコン。

遼「困らせたいわけじゃないんだけどな……」
ポツリと呟く遼。
日中の戸惑う舞羽を思い浮かべる。
遼(最初は環境が変わって、ダメになりそうって思ってたけど……執筆が捗る気がする)
遼(もしかして……あの子(舞羽)のお陰か?)
スランプの執筆と舞羽のことで頭悩ませる陵。
パソコンの横に貼られたポストイットの絵。
『女性が主人公で、ドキドキする青春小説』と書かれている。※出版社から求められたテーマ。
陵「ドキドキ……こっちだって知りたいんだよ、」
困ったように呟く陵。



〇場面転換・自宅・リビング

お風呂上り、パジャマ姿の舞羽。
髪の毛は少し濡れている。

舞羽( 羽衣花先生、部屋にこもったままだ……私先にお風呂入っちゃったけど、声かけても大丈夫かな?)
舞羽、陵がいる部屋に視線を向ける。
タイミングよくガチャっと部屋のドアが開く。
腕を伸ばしてストレッチしながら陵が出てくる。
陵「……良い匂いする」
舞羽「あ、ごはんできてますよ?その匂いは今日のおかずの煮物の匂いだと思います。結構上出来なんですよ!」
『良い匂い』と陵が言ったので、お腹がすいてると思い込み、キッチンに向かう舞羽。そんな舞羽に近づく陵。
鼻を舞羽の髪の毛に近づける。
陵「……違う。良い匂いだと思ったのは、」
さらりと舞羽の髪の毛を指先で触る陵。
陵「こっち、」※陵が良い匂いと言ったのは、料理のことではなく、舞羽のお風呂上りの髪の毛の匂い。
鼻先を舞羽の髪の毛に触れる陵。
ドキッとする舞羽。顔が赤くなる。
舞羽「お、お風呂に入ってたので」
陵「そっか。好き……」
ドキッとする舞羽。
陵「だな。この匂い」※好きと言ったのは、舞羽自身のことではなく、シャンプ―の匂いのこと。
舞羽(びっくりした。私のことを好きって言われたのかと思って、心臓とまりそうだった。まだドキドキしてる)
胸元を掌で押さえる舞羽。

舞羽「 羽衣花先生!わたし……今ドキドキしてます」
舞羽の脈拍のない言葉にきょとんとする陵。
舞羽「 羽衣花先生に髪の毛触れられたり、顔を近づけられると、顔がかあーっと熱くなります」
舞羽、自分の感情の変化を陵に伝える。
舞羽「こんなことしか伝えられませんが、 羽衣花先生の力になれるなら……ドキドキを教えます」
恥ずかしそうに顔を赤くする舞羽。
舞羽(本当はこんな風に自分の気持ちを声にするのは、顔を上げれないくらい恥ずかしい。でも、 羽衣花先生の力になりたい)
舞羽「わたし、 羽衣花先生の力になりたいんです!」
陵をじっと見つめる舞羽。
陵「なんか、ドキドキがわかったかも。今、俺もドキドキしてる」
舞羽「り、陵先輩がですか⁉」
陵「うん、もっと……舞羽のドキドキを教えて?」
舞羽「小説のためになるなら……頑張ります」
じっと舞羽を見つめる陵。
陵「小説のためにドキドキすることを教えて欲しかったけど……今は理由なく、舞羽のこと知りたくなった」
舞羽(え、)
遼「もっと、ドキドキするようなことしていい?」
舞羽(それって――⁉︎)
見つめ合う舞羽、陵の絵。