「くくっ……」

 チョコレートを頬張りながら目を丸くしているリセを見て、クルトは笑っている。からかうようなその瞳は、やけに可笑しそうで……
 なにが。なにがそんなに可笑しいのだろうか。

「リセ、普通でいい」
「えっ?」
「俺は昔のように、リセと普通に話したい」

 普通……と言われても。

 無理である。だってクルトがディアマンテ王国の第二王子だと、リセは知ってしまった。一介の伯爵令嬢が気安く喋って良いような御人ではないのだ。

「殿下、無理を仰らないで下さい」
「なぜ無理などと」
「殿下が王子様でいらっしゃるからです」

 クルトはリセの返事が納得いかなかったのだろう。腕を組み、なにか考え込んでいる。

「分かった。せめて『殿下』をやめろ」
「そんな……では、なんとお呼びすれば」
「クルトと」

 いや、それも無理だろう。あまりの無礼に、父が激昂するに違いない。

「それではクルト様、と呼ばせていただきます。よろしいですか」
「……仕方ない」

 クルトは少し不服げにため息をつくと、改めてリセと視線を合わせた。

「リセ、これからよろしく頼む」

『これからよろしく』。
 一体何を?

 リセは混乱していた。隣国の王子から、何を『よろしく』と頼まれることがあるというのだろうか。
 早く、早く……お父様戻ってきて。クラベル、早くお茶を持ってきて……



 成長した彼と対峙するリセは、戸惑いを隠しきれなかった。
 なぜかクルトと、二人きり。
 静かなこの部屋で、時計の秒針だけが妙に耳に鳴り響いた。