ーSide 汐帆ー



自分でもわかっていた。


だけど、知らないふりをしていた。


誰かの温もりに触れてしまったら、自分が壊れてしまいそうで怖かったから。


誰かと深くなんて関わりたくなかった。


だから、その場限りの関係がちょうど良かったのに。


誰かを信じて勝手に期待して裏切られている人達をたくさんみてきた。


そんな人達をみて、どこか嘲笑っていた自分がいた。


昔の自分が…そうだったから。


母親は、私が小さい頃からずっと家に帰らない人だった。


帰ってくる日は月に1日あるかないかで。


本格的に母親に見捨てられたのは中学生に入って1ヶ月経った頃だった。


朝起きると、テーブルの上には私のために貯めていたのか私名義の通帳と印鑑だけ残されていた。


それから紙切れ1枚


『これで好きに生きなさい。』


たった一文だけだった。



「もう…分からない…」


正直、もう限界だった。


認めたくないけど……


誰かに救いの手を差し伸べてもらいたかったのかもしれない。


心の奥底にしまいこんだ黒く淀んでいるものが流れ出ているような感覚だった。



「大丈夫…。もう、大丈夫だから。」


母親に捨てられた時でさえ涙なんか出てこなかった。


ずっと家を開けてる日が続いて、何となくどこかでそうなることに覚悟を決めていたのかもしれない。


大きく優しい千紘先生の手が温かかった。


誰かに抱きしめられて泣いたことなんてなかった。


これが、人の温もりなのかな…


少しだけ人の温かさに心地よい感覚を体験した。


それから千紘先生は何も言わなくなった。


気づいたら私はベッドに寝かせられていて、目元には冷たいタオルが置かれていた。



「汐帆ちゃん…。少し落ち着いた?」


「あれ…近藤さん。」


「佐々木先生に頼まれたの。汐帆ちゃんが目が覚めるまでそばにいてあげてって。


汐帆ちゃん…。少し心の中スッキリした?」



「……はい。」



「そういえば、汐帆ちゃんには話せてなかったよね。


私、今年の4月から小児科から呼吸器内科に移動になったの。


多分、佐々木先生から師長にお願いして私を汐帆ちゃんの担当看護師にしてくれたんだと思う。


だから、これからもよろしくね。」


近藤さんは、私が初めて小児科に入院した時からずっと担当してくれている。


近藤さんはずっと、私が不安な時そばにいてくれた…



あっ…そっか…


さっき、千紘先生が言ってた事が今わかった。


『誰かと支え合いながら生きている。』


あの時は分からなかったけど、気づいたら私は近藤さんに支えられていたのかもしれない。


「汐帆ちゃん?ぼーっとしてるけど具合悪い?」


「いえ…。近藤さん。これからもよろしくお願いします。」


「もちろん。」


近藤さんは、優しく私の頭を撫でてくれた。