それから、呼吸状態が安定したからと私に付けられていた人工呼吸器から離脱できていた。
随分呼吸も楽になり、喘鳴も肺の音も良くなってから私の担当医である佐々木先生から話があった。
「なあ、汐帆ちゃん。」
「気安く私の名前を呼ばないで。」
そういえば、どうしてこの人は私を下の名前で呼んでいるのだろうか。
名前で呼んでもいいこと、一言も許していないのに。
「山城先生から、楠さんの話は聞いた。
どんな治療をしてきたのか、どうして今1人で暮らしているのかも。
申し訳ないが、生活背景を聞くことも治療の1つだと考えている。
どうして半年もの間、通院をさぼったんだ?」
「…赤の他人であるあなたに私の事情を話す必要がありますか?
発作のことでご迷惑をかけたことは間違いないと思いますが。」
「はぁ…。
本当に、想像以上だな…」
「は?」
「いいか、汐帆ちゃん。
ずっと喘息と向き合ってきたなら分かるよな。
通院をさぼって、治療を怠るとどうなるか。
もしかして…
ずっと治療費や入院費のことを気にして通院に来られなかったのか?」
真っ直ぐ見つめられる視線から離すことは出来なかった。
図星をつかれ、次第に体温が上がっていく。
だって…
仕方ないじゃない。
「…ギリギリなの。」
「ギリギリ?」
「私は今、入院をしている余裕なんてないの!
治療だってする必要なんてない。
だって…生きていたって苦しいだけじゃない。
生きていたくないのに、治療されて助かる必要も無い。
そんなの自分を苦しめる…だけじゃない…」
段々とぼやけていく視界。
歪んでいく視界。
「顔を上げろ。」
顎をすくい上げられ、再び佐々木先生は私の視線を捉える。
「汐帆。
君が、今までどんな生活をしてきたのか。どんな生き方をしてきたのか。俺には想像なんてできない。
汐帆の苦しみ、苦労してきたことは汐帆にしか分からない。
だけどな。
どんな人生を強いられたとしても、自分から自分の命を無駄にしたらダメだ。
どんな境遇だとしても、苦しくても明日がくる限り生きていかないといけないんだよ。
汐帆…。
今は何も考えず、治療に専念して。
治療費や入院費、生活費のことはこれから俺が責任を持つから。」
「何…言ってんの。」
「汐帆。汐帆のことを俺に託してくれないか?」
初めて見る、誰かの温かい眼差し。
真っ直ぐな視線、嘘偽りのない言葉が自分でも分かるくらいにゆっくりと心を動かし始めていた。