「オリヴィア様に賢者の泉ーーまたは贖罪の泉と呼ばれる場所での禊を進言致します!」

 学者はたくわえた髭を撫で、うむと唸った。

「えぇ、えぇ、そうしましょう! そうしましょうとも!」

 二つ返事で了承する父親を横目にオリヴィアは観念する。
 もとより禊はする予定であり異議を唱える気はなく、それで一族に平穏が訪れるのならば芝居に付き合ってもいいだろう。

 オリヴィアは中身の減らないカップを置く。

「……王子は賢者の花嫁を奪う覚悟はお有りで?」

「えぇ、もちろん。父はダイヤモンドの呪いを恐れましたが、僕はそういった類を信じておりません。これが美しい姫君を救う為の試練であれば立ち向かうまで!」

 神格化された賢者を退けて覇道を歩もうとでも言うのだろうか、オリヴィアには力む王子が滑稽に映る。

 呪いなどあってたまるか、こんな男の妃にならなければいけない事こそブラッドリー家の贖罪だ。

「承知しました。お受けします」

 王子の求愛に応え、オリヴィアが深く一礼すると周囲から拍手がわく。

「では次の満月の夜、禊を決行する!」

 一致団結する中、オリヴィアは一人だけ窓の外を伺う。

 真昼の月が薄っすら浮かぶ空に彼女の望む明日は無かった。