とある賢者の執着愛ーー貴女を他の誰かに取られるくらいなら

 王子自らのお出ましと聞き、父親の瞳に光が戻る。オリヴィアを強引に立ち上がらせ、さっそく出迎えへ向かおうとした。

「あぁ、王子なら助けてくれる、きっと、きっと」

「い、痛い! 痛いわ、離してお父様!」

「もたもたするな! 早くしなさい!」

 オリヴィアの悲鳴にジョシュアが間に入ろうとするが、衝撃が残っているために足元が覚束ない。しかも追撃とばかり、父親が言い放つ。

「ジョシュア、お前は今日限りで解雇する。その顔を我々に二度と見せるな、分かったか?」

「お父様!」

「妙齢の娘にいつまでも男の教育係はつけてはいられない、前々から思っていたんだ。丁度いい機会だよ。ジョシュアの代わりなど幾らでも居る」

 父の決断はブラッドリー家の総意。ジョシュアは他の使用人達に屋敷から出ていけと囲まれる。

 オリヴィアは胸に手を当て、深く息を吸う。こういう場合、混乱に流されては駄目だと言い聞かせて。

「ほら、王子が待ってる。行くぞ、オリヴィア」

「ーー分かりました。でもその前にジョシュアにお別れをさせて。この先、一生会えないのなら、さよならを言わせて下さい」

 彼女の落着き払った声音は室内に緊張感を走らせた。オリヴィアは父の手を払い、ジョシュアの開放を瞳で促す。

「お、お嬢様……」

 ふらふら吸い寄せられるようにオリヴィアに近付く、ジョシュア。身体だけでなく心まで傷付けられている。

「今までありがとう、ジョシュア」

 感謝と共に背伸びをして抱き締めた。泥だらけでも構わない、強く、強く抱き締めた。

 この別れの包容に下心は感じられず、白いドレスが黒の給仕服を覆う様は光が闇を溶かすよう。ジョシュアも抱きしめられたまま、腕を回さない。

「ジョシュア、貴方の幸せが私の幸せになるわ。だからお願い、幸せになって」

 オリヴィアは首飾りを彼のポケットへ忍ばせる。宝石としての価値は高くないにしろ、半年程度の宿代にはなるはずだ。