婚約解消直前の哀しい令嬢は、開かずの小箱を手に入れた

「しかしまさか、これほどまで綺麗さっぱりと君のことを忘れてしまうとは」
「そ、そうだったのですね……よかったです、封印が解けて」 

 おそらく、ルドヴィックが接触することによって封印が解かれる仕組みになっていたのだろう。フローレスカ侯爵家で保管されていたことを考えると、頃合いを見て封印は解かれるはずだったのかもしれない。
 年月と共に魔術も弱まっていたのか、もう彼が近付いただけで蓋は開いてしまったのだが。

「不甲斐ない私の……封印が解けて良かったと、そう言ってくれるのか」
「え……は、はい。ただこれからは事前に相談していただけるとありがたいです」
「ありがとう、エレオノーラ」

 エレオノーラを抱きしめながら、ルドヴィックは「ありがとう」「すまなかった」を繰り返し呟く。
 あんなに会うことが怖かったのに、目の前のこの人はなんて可愛らしいのだろう。

 思わず広い背中を抱き締め返すと、彼の身体がビクリはねる。その反応が愛しくて、エレオノーラはさらに力を込めて抱きついた。
 
「エ、エレオノーラ、そんなに抱きつかれたら私は――」
「ルドヴィック殿下。私、もう大人になりました」
「は……?」

 目を見開くルドヴィックに、エレオノーラは自ら口付けた。
 あの日できなかったキスは、やがて吐息交じりのものへと変わり、互いの溝を埋めてゆく。

「もう、待っていただかなくても大丈夫です」
 

 
 愛し合う二人の傍らでは、小花の指輪がキラリと輝く。
 役目を終えた開かずの木箱は、霧のように消え去った。