あいしていた、昨日まで。

それから毎回、春樹はバイト帰りの空音を待ち伏せした。
最初は帰り道の途中だったけれど、バイト先の店がバレてしまい、ついには店の前で待つようになった。

「榎本さん。またあの車いるよ」
全ての事情を知っている店長が外に目をやりため息を吐き出した。
「すみません、迷惑かけてしまって」
「いいよいいよ。それより、あんなにしつこいと榎本さんが何かされないか心配だよ。何かあったらすぐ店に戻っておいで」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
空音はいつものように店を出てすぐ、振り返ることなく走り出した。
その後を当然のように車で追う春樹。
窓を開け、いつも言うことは同じ。
「乗りなよ、送っていくから。女の子一人じゃ危ないよ」
そんなこと、思ってもいないくせに。
空音は足を止めずに進む。
「ねえ、乗りなよ。何もしないからさ。ただ話したいだけだから」
車に乗れば終わりということを空音はわかっていた。
何もしない、なんて嘘。
車に乗れば平気で触れられる。
そして無理矢理おさえつけられ、手のひらで口を塞がれ、そしてまた傷つけられる。
「もう私に構わないで」
いつもならここで諦めて帰っていく春樹が、今日はいつにも増してしつこい。
車を少し先の路肩に止めたと思えば、颯爽と車を降り空音のほうへ駆け寄ってきた。
逃げる間もなく、春樹は空音の手首を掴み、自分のほうへと引き寄せた。
「やっと捕まえた」
「離して!」
振り払おうにも春樹の力は強くびくともしない。
「俺、空音とやり直したいんだよ」
バカみたい。空音は心の中で思い切り叫ぶ。
女に困っていない春樹が、浮気ばかりしていた春樹が、たった一ヶ月弱しか付き合っていない自分に未練などあるはずない。
派手な女に遊び飽き、いつもと少し違う味を味わいたくなった。きっとそうに違いない。
「無理です」
「そんなこと言わないでよ。俺たち、やった仲じゃん。俺、空音の初めての相手なのに、なんでそんなに冷たくするの?」