大学初の夏休みに向け、空音は放課後遊びと並行して、バイトに勤しんでいた。
毎日遊ぶとなると、どうしても出費が嵩む。
空音の家庭は決して裕福というわけではなく、父は週休2日のサラリーマン、母は昼間のクリーニング屋のパートというごく普通の家庭だった。
お小遣いは月ごとに貰っていたものの、カラオケ代にプリクラ代、休憩時間に食べるお菓子代や友達と行くカフェ代など、お小遣いだけではとてもじゃないけど足りず、かと言って大学まで出してもらっている手前お小遣いの値上げを両親に頼むわけにもいかず、空音は大学と自宅の間にある小さな焼き菓子店で働いていた。
「お疲れ様でした。また明日よろしくお願いします」
バイトを終え帰路に着いていると、反対車線を走るパールホワイトの車が空音の前を通り過ぎた。
車は少し先で止まり、バックで空音の横につく。
開いた運転席の窓。その先から流れてくるきつい香水の匂いに、空音は覚えがあった。
「やっと見つけた」
癖のあるその声は、空音の鼓動を激しくさせる。
「春樹…なんで」
井ノ原春樹は、空音が初めて付き合った相手だった。
高校二年の秋、男っ気のなかった空音は友人に無理矢理合コンに連れ出され、そこで出会ったのが春樹だった。
当時17歳だった空音にとって、大学生の春樹はとても大人に思えた。
制服じゃない服も、染められセットされた髪も、吐き出される息さえ全てが魅力的に見えて、空音が春樹に惹かれていくのに時間はかからなかった。
何度かデートをし、春樹から告白を受け、返事をすると同時にキスをされ、付き合うことになった。
「空音、俺のことブロックしたでしょ。メッセージ既読にならないし、電話も出ないし。駅近くの店でバイトしてるって聞いたから、この辺にいれば会えると思って」
春樹は女関係がだらしなかった。
付き合っている頃も、スマホはいつも通知が絶えなくて、ただの女友達だと悪びれもなく言っては返信していた。
一度夜中に電話がかかってきた時、春樹は酔っ払っている様子で、向こうから「ねえまだぁ?早くしようよ」と甘えた声が聞こえたこともあった。
でも空音はいつも気付かないふりをした。
気付いたらそこに待っているのは別れだということをわかっていたから。
「もう連絡取る気ないですから」
空音は小さく息を吐き出し、そっけなく返す。
「なんだよそれ。せっかく空音に会いに来たのに」
「会いに来て欲しいなんて言ってない」
「言うようになったじゃん」
笑いながら春樹は、空音を上から下まで時間をかけて目をうつす。
「それにしても、相変わらず見た目は変わらないね、空音は」
途端、頭痛がする。
息が出来なくなる。
空音の中で蘇った…あの、忌まわしい記憶。
毎日遊ぶとなると、どうしても出費が嵩む。
空音の家庭は決して裕福というわけではなく、父は週休2日のサラリーマン、母は昼間のクリーニング屋のパートというごく普通の家庭だった。
お小遣いは月ごとに貰っていたものの、カラオケ代にプリクラ代、休憩時間に食べるお菓子代や友達と行くカフェ代など、お小遣いだけではとてもじゃないけど足りず、かと言って大学まで出してもらっている手前お小遣いの値上げを両親に頼むわけにもいかず、空音は大学と自宅の間にある小さな焼き菓子店で働いていた。
「お疲れ様でした。また明日よろしくお願いします」
バイトを終え帰路に着いていると、反対車線を走るパールホワイトの車が空音の前を通り過ぎた。
車は少し先で止まり、バックで空音の横につく。
開いた運転席の窓。その先から流れてくるきつい香水の匂いに、空音は覚えがあった。
「やっと見つけた」
癖のあるその声は、空音の鼓動を激しくさせる。
「春樹…なんで」
井ノ原春樹は、空音が初めて付き合った相手だった。
高校二年の秋、男っ気のなかった空音は友人に無理矢理合コンに連れ出され、そこで出会ったのが春樹だった。
当時17歳だった空音にとって、大学生の春樹はとても大人に思えた。
制服じゃない服も、染められセットされた髪も、吐き出される息さえ全てが魅力的に見えて、空音が春樹に惹かれていくのに時間はかからなかった。
何度かデートをし、春樹から告白を受け、返事をすると同時にキスをされ、付き合うことになった。
「空音、俺のことブロックしたでしょ。メッセージ既読にならないし、電話も出ないし。駅近くの店でバイトしてるって聞いたから、この辺にいれば会えると思って」
春樹は女関係がだらしなかった。
付き合っている頃も、スマホはいつも通知が絶えなくて、ただの女友達だと悪びれもなく言っては返信していた。
一度夜中に電話がかかってきた時、春樹は酔っ払っている様子で、向こうから「ねえまだぁ?早くしようよ」と甘えた声が聞こえたこともあった。
でも空音はいつも気付かないふりをした。
気付いたらそこに待っているのは別れだということをわかっていたから。
「もう連絡取る気ないですから」
空音は小さく息を吐き出し、そっけなく返す。
「なんだよそれ。せっかく空音に会いに来たのに」
「会いに来て欲しいなんて言ってない」
「言うようになったじゃん」
笑いながら春樹は、空音を上から下まで時間をかけて目をうつす。
「それにしても、相変わらず見た目は変わらないね、空音は」
途端、頭痛がする。
息が出来なくなる。
空音の中で蘇った…あの、忌まわしい記憶。
