あいしていた、昨日まで。



その場に取り残された空音と瑛太郎。
二人の間に取り巻く空気は、喉が痛くなるほど乾いたものだった。

「ごめん、変なことに巻き込んで」
空音は瑛太郎に深々と頭を下げる。
「巻き込まれるのには慣れてるから。それはそうと、一体何なの、あの人」
「あの人は知り合いで」
「もしかして空音が高校の頃付き合ってた人?」
幼馴染で、家族同士の付き合いもある仲だから、恋愛に関する話をするのが気恥ずかしいという気持ちが空音には常にあった。
だから瑛太郎に春樹の存在を話したことはなかった。
「え、なんで知ってるの?」
「空音は内緒にしてたつもりだったかもしれないけど、当時はクラス中の噂だったよ。男に疎そうな空音に彼氏が出来て、しかも相手はかなりの女たらしらしいって」
初めて出来た彼氏という存在に脳内お花畑だった空音は、そんなふうに噂されていたことなどつゆ知らず。
クラスメイトはおろか、まさか瑛太郎にまで知られていたなんて。
「そうだよ。さっきのは元カレ」
「女たらしって噂は本当っぽいね」
「もう過去の話だから」
「しかもあんな人に初体験あげるとか…体もっと大事にしなよ」
ため息混じりに呆れを浮かべる瑛太郎の腕を、掴んでいた空音は強く振り払う。
「私だってしたくなかったよ。もっと大事にしたかった。だけどあの人が無理矢理」
瑛太郎は空音の言葉を遮る。
「あの人とやり直したいの?」
「そんなわけない。あの人が勝手に待ち伏せして、バイト先突き止めて来てるだけ」
瑛太郎の表情が少し和らぐ。そこには安堵の感情が見えた。
「ああいうタイプの人はプライドが高いから、振られるのがわかって多分もう来ないと思う。でも、気をつけなよ。たまたま通って巻き込まれたのが俺だったから良かったけど、他の人だったら迷惑かけてたし」
「それは…感謝してる」
「それに、」
瑛太郎は少しためらいながら、
「もうああいう人はやめた方がいいと思う。空音には合わないよ」
「それどういう意味?」
空音はちょっとムッとして聞き返す。
「空音にはあんな派手な人より、もっと地味というか、自然体というか…同い年とかで、空音を昔から知っているような人が」
「え?」
「いや、なんでもない。とにかくもう引っかからないように気をつけなよ」